日本の伝統文化はすばらしいものですが、間口が狭いのが欠点です。
相撲でも、文楽でも、柔道のように、もっとリラックスしたところからはいれれば、もっと、世界中に日本の文化をひろめることができて、後継者の確保も、もっとらくになるだろうに、と思います。

茶道というと、京都とか松江とかのほうが本格派だというイメージがあるようですが、お茶の心とは、形ばかりではないと思います。
私は茶道学者ではないので、難しいことはわかりませんが、とりあえず、誰でも仲間にいれてあげる、寒いところにいる人を、暖かい部屋に招いてあげる、それが誰であろうと、疑うのは、おいしいお茶を出して、まず温まってもらってから、という米子のやりかたのほうが、お茶の心の本質に近いような気がします。

茶道とは、もともと、中国では茶法、つまり、お茶を淹れることのハウツーだったものです。
それを、「茶道」という精神的なものにしたのは日本人です。
日本の文化の深さ偉大さ・・日本人の精神性はすごいですね。

松江のお殿様は遠州流だったそうです。
遠州流をやっている人のお話を聞いていると、深みがあって洗練されてていいなあ、とも思うのですが、それだけに、気難しいような、間口が狭いようなところがあります。
私が裏千家流を選んだのは、引越しが多い人生だからです。
裏千家流なら、日本全国どこへ行っても、先生には不自由しません。
遠州流よりカジュアルで初心者にははいりやすいともアドバイスされたこともあります。
茶道を世界中に広めたのは、裏千家流の家元の功績なんだそうです。

リラックスしたところから茶道の世界にはいれるということでは、裏千家がいちばんなんだそうです。
そんな、遠州流と裏千家流のちがいが、そのまま、松江と米子のちがいなのかな、と思います。

松江でお茶を習っている人に聞くところによると、カジュアルなかっこうでお茶会に出るなど、とんでもないのだそうです。
その人は裏千家流ですが、やはり、松江の人は型をだいじにするんですね。
洋服でも、それなりの立派なものを着ないといけないそうです。
京都の人は、おもてなしにふさわしいお菓子がない時は、うちでお茶しましょうとは言わないのだそうです。
京都の人がお茶に誘ってくれるときは、おいしい立派なお菓子が必ず用意してあります。

米子のお茶会は、着るもののこととかにも、そんなにうるさくありません。
もしかしたら、私が寄せてもらっていたところ以外ではそうでもないかもしれませんが。
お客様が来たら、エプロンをつけたまま、ささっとたてて、どうぞ、と出すのです。
ありあわせのお菓子でも、残り物のケーキでも、あるものでおもてなしします。
準備はしていないけれど、とりあえず、たとえば、寒いところでふるえているより、早く暖かいところにきてくださいよ、というのが、
米子のおもてなしの心なのです。

ほおづえついててもいいのです。
お点前を習ったことがなくてもいいのです。
いっしょに笑って、心が通じ合いさえすれば。
難しいことは、もっと茶道のことを知りたくなってから習ってもかまわないのです。

形にはこだわりませんが、米子の人は舌が肥えています・・自分で言うのもおかしいけど、おいしいお茶を毎日飲んで育ったことは、人生に大きなプラスになっていると思います。

哲学の三村勉先生は、お料理がたいへんおじょうずだったそうです。
三村先生のおいっこに当たるかた(東大の医学部卒のかたとは別人)が、長田のお茶屋さんのお嬢さまと、ずっと同窓だったそうで、そういうつきあいもあったのかもしれません。

三村先生は、米子で生まれ育ち、京大と東大とどちらを選ぶかという段になって、
西田幾多郎先生に師事するために京都大学を選ばれました。
そして、大学教授となられ、確か、京都大学の茶道クラブの顧問をなさってました。
作家の五木寛之さんの社会人入学を、龍谷大学が迎えた当時の文学部長は、名誉教授でもあられた
三村先生でした。
哲学の難しいことは、私はわかりませんが、
三村先生の哲学の下地には、米子独特の温かいヒューマニズムがあるのではないでしょうか。

ありあわせのお菓子でも、残り物のケーキでも、おいしいものにはちがいないです。
米子には、安くておいしいお菓子がたくさんあるのです。
その点では大阪と似ているのかもしれません。

京都のやりかたと、米子のやりかたと、どっちが正しいか、という議論はしたくありません。
どちらにもそれぞれのよさがあるのですから。

ただ、松江や京都ではうまくいかないだろうな、米子でないとできないだろうな、と思うことがひとつあります。
茶道をいろいろな人が、その人の条件に適した形で無理なく楽しむことができるようにすること。
今の形を全面的に守って、それ以外の形を否定していたら、たとえば、身体障害者の人は初めからお茶が習えないということになってしまいます。
そうして、条件で人をしめだすことが、本当のお茶の心でしょうか。
お手前をひとつまちがえたらいけないというようなことは、だいじなことではあるけれど、2次的なことのように、私は思います。

私の知り合いがボランティア活動をしていますが、お抹茶をたててあげると、すごく喜ぶ人が多いのだそうです。
習いたいのに、このからだでは、と無念がる人も少なくないそうです。
そういう人たちに、まず、おいしいお茶の味を知ってほしい、お茶で心がつながることを知ってほしい、という願いをこめて、彼女は、そのような人たちに、毎日、おいしいお茶を提供しています。

車椅子に乗っている人も、白い杖なしでは歩けない人も、着物を持っていない人も、どんな人でも、その人に適した入り口から茶道にはいれるようにすることこそ、真のお茶の心を形にするということなのだと私は思いますが、どうでしょうか。

市民みんなが、形にとらわれず、みんなでわいわい楽しくやりながらお茶を楽しむ米子は、松江とは持ち味のちがう、米子ならではのお茶文化が、これから創造されていくのだと思います。
そのプロセスには、ハンディを背負った人にも、それなりの条件の範囲内でお茶を楽しんでもらうことも・・・私はあってほしい、それは、米子のようなところでないとできないのではないか、と思います。


参考にさせていただいた本

「新しい茶道のすすめ」
黒川五郎著

ティーセラピー




[PR]
# by friendlyclover613 | 2017-03-13 06:22 | 米子はお茶の都 | Comments(0)

オレオレ詐欺

(犯人)
もしもし、お母ちゃん、おれだよ
300万用意してよ、つきあってる女の子に子どもができちゃったんだ
このままだと結婚しなきゃならなくなるよ


(ふなこしさん)
うちゃ、子どもをそげなにんげにそだてたおぼえはねけん、さいなら
私は子どもをそんな人間に育てたおぼえはないよ、さようなら
[PR]
# by friendlyclover613 | 2017-02-23 11:30 | 米子弁劇場 | Comments(2)

冗談が通じる人たち

お正月の記事としてこのブログに出した「大社におまいり」の記事が、あるところで話題になりました。



この記事です。


おばあちゃん、あのお守り買って



ふなこしさん
ま、あんたはうし年でしょうが
まあ、あなたはうし年でしょう

なんで、さる年ととり年のをかわんならんだ
なんで、さる年ととり年の(お守り)を買わなければいけないの



すずめの分だよ

うちの庭にくるすずめの親はさる年で、ことし生まれる子どもはとりどしだから、
このお守りを、やねのところにぶらさげとくの


ふなこしさん
ま、すずめのためにや
まあ、すずめのためなの

だらずけな
ばかばかしい

ま、買ってあげーがん
ま、買ってあげるわよ

すずめさんを神さんが守ってごしなーわい
すずめさんを神様が守ってくれるわよ




こういう冗談は、米子以外ではあまり通じないのが普通です。
米子だからとおる冗談だと思ってください。
島根、鳥取の人間は、ものすごーく気まじめでスクェアですから、こういう冗談を不用意に言うと、
あの人頭がおかしい、と言われかねません。
気が狂ってるとか言われて、へたすると、いじめの的にもなりかねません。

実はこういう頭のやわらかさも、米子人の性格の特徴なのです。
普通の田舎の人なら、頭がおかしいんじゃないの、としか思えないようなことを、こうして、
温かく、ユーモアのセンスで包み込んでしまうのです。
私の記事では、おばあさんと孫の会話ですが、米子では、友達どうしでも、近所の井戸端会議でも、こうして、
やさしく楽しくふわっと、じょうずにダツリョクしてしまうのです。
米子生まれの者が自分で言うのもなんですが、こういうところは、米子人はセンスがいいなあ、と思います。

自慢話になってしまうかもしれませんが、米子人って、
いっしょうけんめい、まじめにするべきことはしっかりするんだけど、
その一方で、ユーモアがわかる、ダツリョクじょうずの温かい人たちなのです。






[PR]
# by friendlyclover613 | 2017-02-14 14:18 | 米子の人情と暮らし | Comments(2)

コートの着かた 

ふなこしさん
いっちゃん、そげんも手をふーたぶーもんだないで、
いっちゃん、そんなに手をふりまわすものじゃないのよ、

コートをきーときはな、こげして、手は人にあたらんやに
コートを着るときにはね、こうやって、手は人にあたらないように



だって、みんな、手をのばして着てるよ


ふなこしさん
みんながそげしとーけんこそ、上品に着たりぬいだりすー人がめだつんだで
みんながそうしているからこそ、上品に着たりぬいだりする人がめだつのよ



気がついたら、もう、すっかり、若くなくなっちゃって、20才くらいのときには、40才以上の人は異星の人のような気がしてましたが、自分が、もうすっかりその年齢になっております。
私が子どものころは、今の私の年齢というのは、死ぬことが身近になっているお年頃、というように感じておりましたが、自分がその年齢になってみると、死ぬなんて、まだまだ遠い先のような気がしております。
そんな年齢になって、若い人と世代のギャップを感じるのは、コートを着るとき、脱ぐとき。

更衣室とかでコートを脱ぐとき、着るとき、狭いところで何人もが着替えるとなると、あっちからもこっちからも、げんこつがにょきにょき飛び出してこわいことです。
めがねをかけているので、もしあれがめがねに当たったら、と想像するとこわいです。
ま、なんとかかんとかよけておりますが。

レストランでもあぶないときがあります。
3重の重箱にはいったお料理を、みんなでとりわけていると、隣の席の人がコートを着るときに、その手が重箱のはしっこをかすめてこわかったことがありました。
数ミリの差で重箱は無事でしたが、楽しい気分はぶちこわしでした。

いまさら、そんなふうに感じるなんて、じゃ、昔はどうしてたの、ってことになるんだけど、そう言えば、小学校の先生に教わったんですよ、コートをぬいだりきたりするときは、手は下に向けなさいって。
どんなにおおぜいいても、みんな、着替えのときは、手は下に向けてましたから、横からびゅんびゅんげんこつが飛んでくるなんてことはなかったと思います。

ちかごろの若い人は、そういうことをお母さんに習ってないんですねえ、
私くらいの年齢の者は、専業主婦のお母さんがずっとそばについていて、手取り足取りものを教えていましたが、げんこつをふりまわして着替える人たちのお母さんや先生は、共働きで、細かいことを教えずに、教わらずにしまったんですね。

私は、着替えのしかたを教えてくれた先生に、今、ほんとうに感謝しています。
あのころは、うるせー先公だねえ、などと、友達と悪口を言ってましたけどね、あんなふうにあんなことを教えてくれる人は、あまりにも希少価値のある存在だということが、今はよーくわかるものですから。

たまーに、女性としてのしつけをしっかりされている若い女の子を見かけますが、そういう人ってすごくめだちます。
狭いスペースで、他人に、かりそめにもけがなどさせないよう、細かく気を配りながら着替えをする女性もいるのです。
そんな女性がいるということは、そんな女性に娘を育てたお母さんがいるということです。
そして、そのお母さんは息子も育てていることも多いでしょう。

心ある母に育てられた心ある男の子は、心ある女性を好きになります。
これは、もう鉄則。
男の子は絶対に、自分のお母さんに似た女性を好きになるのです。
似ても似つかないような人を好きになっているようでも、他人から見ると、やはり彼女は彼のお母さんに、どこかしらが似ています。

いい男と結婚したかったら、いい女にならなければ。
エレガントなコートの着かた、脱ぎ方を身につけたあなたは、きっと、すてきな人にみそめられることでしょう。
男性も、きっと、すてきな彼女をキャッチできるでしょう。






[PR]
# by friendlyclover613 | 2016-12-01 19:21 | おばあさんの知恵 | Comments(0)

西洋占星術の個人チャートをつくるには、出生地はどこかということも、データのひとつとして必要です。

西洋占星術的には、人間は、厳密に言えば、人間だけでなく動植物も無生物も、すべて、あるところに生れ落ちるということには意味があります。
それ以外のところではなく、そこでなければいけないという理由が必ずあるのです。

たとえば、私は米子市で生まれました。
子どものときは都会に憧れ、東京に生まれていたら、私だって、もっといろんなことができるようになってたのに、などと思っていたものです。

しかし、いろいろな経験をつんだ今、来しかたをふりかえってみると、やはり、私が米子で育ったことには意味があったのだと、理屈ぬきで納得できるのです。

人間は、生まれる前に、どんな人生を送るかということを、だいたいのところを決めて生まれてきています。
私が、あの世に行って神様に聞いてきたわけでもないのに、こう言い切るのは、偶然に見えることもすべて、出生時の星にちゃんと、予定されていることがはっきりと出ているからです。

たとえば、私の知り合いの男性のAさんは、いわゆるもらい子です。
その運命が、生まれたときの星にちゃんと出ています。
お母さんのお姉さんに、どうしても子どもができないことも、そのおばさまがお生まれになった時点で決まっていたことが、ちゃんと星に出ています。
よそのお宅のうちうちのご事情までは私は知りませんが、お姉さんは、すべての努力を尽くした後に、
ご自分のお子さんを持つことをあきらめ、妹さんのところに生まれたお子さんのうちのひとりをもらわれたのです。
それは、Aさんでなければいけなかったのです。
人間の意識の上では、Aさんでなくても、妹さんの他のお子さまでもよかったのですが、いろいろな偶然がかさなって、Aさんが養子に行くことになったそうです。

ここには個人的なことは詳しくかけませんが、
Aさんの持ってお生まれになった星と照らし合わせながら、お話を
Aさんから聞く限りでは、生まれる前の約束が実行されたとしか思えませんでした。

そのようないきさつで、Aさんは、生まれた土地から遠くはなれた町で育つことになりました。
同じ日本の中でも、Aさんが生まれた土地で暮らすのと、Aさんが養子になって行った土地で暮らすのとでは、星が、つまり、運命がだいぶ変わります。
Aさんは、生まれたお家よりもっと経済的に恵まれた環境で、ひとりっことして大切に育てられて、うでのよい弁護士さんになられました。
弁護士になられることも、生まれたときのチャートに、しっかり出ています。

それなら、私も、と、セレブの男性と結婚したい女性が、たとえば、京都に住めば、結婚運が玉の輿運になるのか、だったら京都にすめばいいじゃん、京都に住むことにしよう、と思っても、思い通りになるかどうかは保証のかぎりではありません。
そもそも、基本的に、誰と結婚するかということも、どこで生まれるか、どこで育つかということも、生まれたときには、すでに決まっていることのようなのです。
なので、セレブではない普通の男性と結婚する運命の女性が、玉の輿めあてで京都に住む準備をしても、なぜかいろいろと邪魔がはいって、京都で暮らすことがどうがんばっても実現しない、ということになるかもしれません。
あるいは、京都に住むことは、短期間はできるかもしれないけれど、その間に男性との出会いには恵まれないかもしれません。
そういうことも、生まれたときのチャートに書いてあります。

あなたの生まれたときのチャートに書いてないことは、絶対に、あなたの人生では起こらないのです。
生まれたときに予定されていないことを、あとからなんとか実現させたいと思ってもできません。

では、努力はむだなことなのでしょうか。
そんなことはありません。
私の感じですと、60パーセントくらいは、人生は努力次第と言えると思います。

この女性がセレブ男性と結婚するために、美しくなるための努力や料理や家事のお勉強などの努力をがんばってすれば、セレブ男性とは結婚できなくても、生まれる前にこの人と結婚すると決めた相手との結婚生活に、その努力は生かされることでしょう。
努力しなかった場合と、努力した場合とでは、幸福の度合いに雲泥の差があるはずです。

生まれる前から決まっていることを覆すことはできませんが、努力は必ず、なんらかの形で報われます。
あなたの最初の目標より、思いがけなくもたらされたもののほうが、ずっと値打ちがあるというようなことは、しょっちゅうあることです。
決して努力は無駄にはなりません。




[PR]
# by friendlyclover613 | 2016-11-11 16:15 | 西洋占星術 | Comments(0)