カテゴリ:米子の人情と暮らし( 6 )

米子人のやりかた

いじめの記事を書いていて思い出しました。
いじめを克服するにはどうしたらいいか、っていうようなことを考えてて、
大昔のことを思い出したんです。
普通なら嫉妬されたりいじわるされたりするような人が、
自分に嫉妬している相手を降参させることって、
こんなふうに、やれるんですよ。

米子人にも、いろんな人がいます。
性格も境遇もさまざまだけれど、こんな生き方は、米子人だからできるのかな、
というような良い例を、時々、ここで紹介していきたいと思います。

暗い山陰の中で、米子だけが明るい性格なので、米子の外に出ると、
米子人はよく誤解されます。
普通なら深刻になってしまうようなことも、あはは、と笑い飛ばして、
お前ふざけてんのか、と、よく怒られてます。
そういうのでめげちゃう米子の子もいるんだけど、
めげちゃわない米子の子もいるんですよ。
どんな境遇でもたくましく生きていく、米子の子の力というのは、
米子人ならではの明るさです。

私の知り合いで、すごいお金持ちの娘さんがいます。
誰のことか特定されないように、年齢も、時期も、場所も、
ここでは明かしませんけど。
おとうさんとおかあさんが、米子市出身だということだけ
書いておきます。

彼女、Aちゃんはね、嫉妬されたら、あげちゃうんです。
子どものときからそうだったんだけど、たとえば、
かわいい服きてるわね、って嫉妬されたら、
その服を、ポンとあげちゃうの。

そう言えば、米子の人って、子どものときから、
嫉妬って、することはするんだけど、
それで、妬ましい相手を仲間外れにしたり、いじめたりしない。
記憶をたどっても、子どものころ、嫉妬された人が
被害にあったことって、そんなに見たことないような気がします。
嫉妬して危害を加えるようなことをするのは、私が知る限りでは、
言いたくないけど、・・とか、・・・とか・・・とか
いうようなところの人です。

Aちゃんは、・・・に住んでた頃、誰からも、それはそれは嫉妬されました。
ほら、私たちが少女だったころ、白い家具とかはやったじゃない。
そんなお部屋を、令嬢だった彼女はあてがわれていました。
レースのカーテンがかかった窓が、外から見てもすごく素敵でした。
羨ましがる人を、Aちゃんは、みんな招いてやったんです。
そして、ことごとくごちそうしてあげました。
ごちそうっていっても、あの時代のこの地方のことだから、
せいぜいケーキくらいなものだったけど、でもね、
都会育ちの人は笑うかもしれないけど、
あのころのいなかの子にとって、
ショートケーキとか、バースデーケーキなんて、
すごいぜいたく品で、めずらしくてたまらないものだったのよ。
Aちゃんは、お人形とか、オルゴールとか、
東京のおじさんやおばさんから、おみやげにもらったものも、
ほしいと言われれば、みんなあげちゃったの。
今でこそ、この地方でも、通信販売とかもあるし、
地元のデパートでもわりとなんでも売ってますけど、
あのころは、いなかに住んでたら、どんなお金持ちでも、
リカちゃん人形も、ミニチュアのハウスセットも、
好きなようには買えなかったの。
つまり、Aちゃんが東京の親戚からもらってたものは、
みんな、いなかの子にとっては、お金で買えないような
めずらしい貴重品だったわけ。
それを、どんどん、あげる、あげる、って手放すんだから、
そばで見てて、こっちがはらはらしましたよ。
私なんて、親に一生懸命ねだって、
少女雑誌のりぼんの通信販売で買ってもらったブローチ、
みんながほしい、ほしい、と言うのがうっとうしくて、
かくしてたもんね。

だから、Aちゃんへの嫉妬を内に秘めて、
彼女へのいじわるのチャンスをうかがってるような人って
いませんでした。

米子人だからできる生き方だって言うと、米子をほめすぎかしら。
米子じゃなくても、こういう生き方してる人ってのはいるかもしれないけど、
いずれにしても、誰でもできる生き方じゃないでしょ。
Aちゃんは、めったにいないようなすてきな女性に成長して、
いい人と結婚して、裕福に暮らしています。
さすがに、結婚指輪とかは、欲しがられてもあげないけど、
自分をねたんでる人にプレゼントしたり、ごちそうしてやったり、
とかいうようなことは、今でもやっていて、
誰からも慕われています。




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by friendlyclover613 | 2018-06-16 09:27 | 米子の人情と暮らし | Comments(0)

気くばり

米子人のいいところは、気くばりのきめこまかさではないか、と、私は思っています。
そして、今の時代、それは、貴重な希少価値があります。

米子の人は、一見ザツなように見えます。
細かいことはあまり気にしません。
たとえば、よその家でごちそうになった紅茶に髪の毛がはいっていても、気にしないで、髪の毛だけとって、普通に飲んでしまう人が多いのではないでしょうか。
それは、髪の毛が気にならないからではなく、お茶を出してくださったお心に対してしていることなのです。
人さまにごちそうになるときには、そうして、おおらかにふるまっても、自分が人にお茶を出す時には、髪の毛のような細かいことにまで行き届く人が少なくないように思います。
米子の人は、いちいち口に出しては言わないけど、茶道とかお煎茶の心得のある人が多いのです。
先生のところに毎週通って習ったことがないという人も、そういう教室で習った友達から習ってたり、おばあさんから習ってたりして、おいしいお茶の淹れ方をちゃんと知っている人が多いのです。
米子出身の人の家を訪ねると、意外な男性がお抹茶をふるまってくれて、驚いちゃうことって、わりとあります。
私の感じですけど、米子では、男のかたにお抹茶を淹れていただくことが、ほかより多いような気がします。

いくらお抹茶やお煎茶の資格を持っていても、することが思いやりに欠けていてザツな人ってよくいるし、資格なんか持ってなくても、人の思いに敏感で、行き届いたおもてなしをしてくれる人というのもいます。
私は、米子には、後者のタイプが多いような気がします。

バカ話に興じているときでも、おくれて来た人を、気持ちよく仲間に入れてあげる。
仕事中でも、お茶を淹れている途中でも、まわりの人の気持ちに絶えずアンテナをはってる、そんなところが、私の知る米子人には、みんなあるように思います。
若い男の人でも、おくれて来た人が気後れして遠慮しながら隅に立っていると、そこは寒いから、こっちにきて火にあたってください、とか言ってくれたり。
関東では、近頃の若い男の子は、あいさつしても返事しない人が多いからね。
私だけが返事してもらえないのかな、って思って、まわりの人にきいたら、若い男の子は返事しないわよ、ということです。

ほんとに不思議です。
人間関係ってまずあいさつから始まるものだと、私は思ってたんだけど、あいさつしない男の子たちは、友達ができないかというと、けっこうそうでもないみたいなんです。
あいさつなしで、いったい、どうやって、人間関係を作るんでしょうねえ・・

女の子も、いっしょに針仕事をしていると、おしゃべりしながら、針を持った手が知らないうちに人の顔に近づいていることにむとんちゃくだったり、背の高い子が高いところに置いたはさみが、頭の上から落ちてきたりとか、そんなことが多いです。
都会では、若いお母さんは働いているから、子どもにこういうしつけをするゆとりがないんですね、きっと。
同じような年齢でも、米子で育った若い人は、比較的、こういうことによく気がつくと、私は思います。

米子に帰ってくると、時間の足がすこしゆっくりでほっとします。
人への思いやりも、そこから出てくるような気がします。
いなかのよさですね。
だから、私、イナカモンと言われても、ちっとも傷つきません。
気配りのしかたを、都会の人に教えてあげましょうよ。
気配りや思いやりが希薄な人は、人間関係がうまく作れません。
都会では、人間関係がうまく作れなくて困ってる人、多いんだから。




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by friendlyclover613 | 2018-01-24 17:00 | 米子の人情と暮らし | Comments(0)

冗談が通じる人たち

お正月の記事としてこのブログに出した「大社におまいり」の記事が、あるところで話題になりました。



この記事です。


おばあちゃん、あのお守り買って



ふなこしさん
ま、あんたはうし年でしょうが
まあ、あなたはうし年でしょう

なんで、さる年ととり年のをかわんならんだ
なんで、さる年ととり年の(お守り)を買わなければいけないの



すずめの分だよ

うちの庭にくるすずめの親はさる年で、ことし生まれる子どもはとりどしだから、
このお守りを、やねのところにぶらさげとくの


ふなこしさん
ま、すずめのためにや
まあ、すずめのためなの

だらずけな
ばかばかしい

ま、買ってあげーがん
ま、買ってあげるわよ

すずめさんを神さんが守ってごしなーわい
すずめさんを神様が守ってくれるわよ




こういう冗談は、米子以外ではあまり通じないのが普通です。
米子だからとおる冗談だと思ってください。
島根、鳥取の人間は、ものすごーく気まじめでスクェアですから、こういう冗談を不用意に言うと、
あの人頭がおかしい、と言われかねません。
気が狂ってるとか言われて、へたすると、いじめの的にもなりかねません。

実はこういう頭のやわらかさも、米子人の性格の特徴なのです。
普通の田舎の人なら、頭がおかしいんじゃないの、としか思えないようなことを、こうして、
温かく、ユーモアのセンスで包み込んでしまうのです。
私の記事では、おばあさんと孫の会話ですが、米子では、友達どうしでも、近所の井戸端会議でも、こうして、
やさしく楽しくふわっと、じょうずにダツリョクしてしまうのです。
米子生まれの者が自分で言うのもなんですが、こういうところは、米子人はセンスがいいなあ、と思います。

自慢話になってしまうかもしれませんが、米子人って、
いっしょうけんめい、まじめにするべきことはしっかりするんだけど、
その一方で、ユーモアがわかる、ダツリョクじょうずの温かい人たちなのです。






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by friendlyclover613 | 2017-02-14 14:18 | 米子の人情と暮らし | Comments(2)

信仰心

(孫)
おばあちゃん、今度の日曜、西川くんの家に遊びにおいでって

(ふなこしさん)
ほーん、よかったなあ、
西川くんげのおじいさん、死んなったけんな、あがらしてまったら、すぐ、仏さんに手合わせーだで

ふうん、西川くんところのおじいさんが亡くなられたからね、(家に)あがらせてもらったら、すぐに、仏さんを拝みなさいよ


解説
米子の人は、仏様をだいじにします。
米子から離れて暮らすようになったとき、私は、まわりを見ていて、こんなに仏様をほっといていいのだろうか、と思ったし、まわりの人は、私に、え、そんなことまでするの?、と驚きました。

私が子どものころは、よその家にあがらせてもらうときは、そこの家の仏壇に手を合わせるように、親に言われました。
いつでもどんなときでも、というわけでもないのですが、たとえば、その家に泊まらせてもらうときは、仏壇に手を合わせるのが当然だと思ってましたが、米子以外では、そんなことは、あまりしないのですね。
私が子どものころは、毎年、お盆は、祖母の家に集まった一族郎党のメンバー全員で、錦公園にとうろう流しに出かけたものです。
墓参りや灯篭流しの帰りに、喫茶店によって、大好きなスィーツを食べたことも、楽しい思い出です。
あのころは、「明治」というお店が、確か朝日町だかにあって、そこでソフトクリームを食べるのが、すごく楽しみでした。

仏様をだいじにするから、米子では、火事や災難が少ないのだと、米子の人は言っています。

私は、米子を離れてから、ほんとうにいろいろなところで暮らしました。
たくさんのカルチャーショックを、人並み以上に経験してきて思うのは、
米子というのは、信心深いところだなあ、ということです。
米子市内の親戚の家によそから来た人は、必ずお墓まいりに行くし、
神棚も、よそではわりとほったらかしの家を多く見ましたが、米子の人は、まめに拝みます。
主婦は神さまと仏様と両方のお世話をしなければならなくて、生理中の女性は神社にまいったらいけないとか、ほんとうにこまごまとした規則がどっさりあります。

それくらい神仏をだいじにするので、米子は火事などの災難が少ないのだと、米子の人は言います。
そういうのも、少しづつ、これからの時代は簡略化されていくのかもしれませんが。
神仏をだいじにする素直な心が、そのまま、よそから来た人を温かく受け入れる心になっているような気がします。





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by friendlyclover613 | 2015-12-08 23:07 | 米子の人情と暮らし | Comments(0)

米子人の仕事

私が、米子の人間として誇りに思うのは、米子人には、勤勉で、仕事に忠誠を尽くしている人が多いということです。
自分のしなければならないことは、きちんとするタイプが多いです。
陽気で、いつも楽しくおしゃべりしているみたいだけれど、根は堅物です。
私が知る米子の人は、みんな自分に課された任務には、とても忠実です。
私の友達は、さんざん自分をいじめた、大きらいなお姑さんの介護を誠実にやりとげました。

理想家肌の人も少なくありません。
同じ職業でも都会に住んでるほうが、いなかの同業者より実力があるとかいうようなジャンルがあるのは否めませんが、
お医者様の場合は、どこの地方に住んでいようと、技術や知識は、学会でいっせいにお勉強なさるのですから、腕のよさは都会もいなかも関係ありません。
米子で暮らしていたとき、私は、
それはそれはすばらしい生きかたをなさっているお医者様に、何人も出会いました。
お医者様が都会に住みたがるのは、子どもに、高い教育を受けさせたいからです。
が、学校の成績よりも、ここで人間性豊かな子どもを育てたいと、米子を選んで住みつかれるお医者様もいらっしゃいます。
お医者様としての生きかたの部分でも、都会ではできないことが、米子ではできるとおっしゃっていました。

昔の桔梗屋さんの手仕事を見せてもらったことがあります。
私の母の友達に、桔梗屋さんでたくさんお洋服を作られたかたがいらっしゃいます。
数十年前に彼女が桔梗屋さんで作ったドレスを、この前、10枚くらい見せてもらいました。
本物の手仕事です。
デザインも生地も仕立ても、都会の仕立て屋さんに負けません。
今、東京の青山や原宿を歩いても、尊敬されるような、すばらしいドレスばかりです。
東京では、流行を超えた美しさが、玉石混合の中で、むしろ目立つのではないでしょうか。
地味な色合い、地味な雰囲気だから目立たないけど、よく見ると、上質の生地といい、熟練の仕立ての技術といい、上品なデザインといい、作ってから数十年たった今も、見れば見るほどすばらしい、とても洗練された服です。
今だに、これらのドレスは、現役で活躍中とのこと。
米子は、こんなすばらしいものを作る人がいる町、そして、こんなすばらしいものを着こなせる人がいる町、そして、その価値をわかる人がいる町なのです。

作った人が、どんなに勉強家であったかということが感じられる服です。
仕事に情熱を持ち、こつこつと勉強し、まじめに正直に働く米子人の性格を、私は誇りに思っています。





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by friendlyclover613 | 2015-09-23 20:19 | 米子の人情と暮らし | Comments(0)

山陰の大阪か

米子は山陰の大阪と言われますが、人の性格に関しては、私はちがうと思います。

私は、昔、大阪で働いていましたが、東京よりもっと、人がきついのには参りました。
東京人のきつさとはまたちがう、独特の何かがあります。
米子のようなところで育った者には、大阪の人のきつさは、生まれて初めてって感じで、想像を絶します。
殺されるかと思いましたよ。
かなりこたえました。
でも、大阪の人って、きついことをがんがん言っていても、けっこう、やさしいところもあります。

京都も、きついとか言われています。
いけずとか、想像を絶するくらいきつい人も確かにいるんですが、そうでない人のほうが、ずっと多いと思います。
私は、京都人は好きです。
京都人は、間口は狭いけれど、いちど親しくなると、心からのほんとうのつきあいができます。

人間関係がいちばん快適だったのは神戸です。
知らない人でも、困っているのを見たら助けてあげようという暖かい心を、行きずりの誰もが持っているところでした。
にわか雨で、かさがなくて困っていたとき、行きずりの知らない人が、私の家はすぐそこだから、かさを、返さなくていいから、と、貸してくれたり、ほんとうに、出会う人みんながとても親切でした。
東京から神戸に越して来て、そのまま、一生住むと言っている人にもたくさん出会いました。
東京の人は、よく京都に憧れて、京都で暮らしてみるんだけど、私が知る限り、みんな、京都は肌に合わないといって、東京に帰るんですよ。
ですが、神戸は、東京生まれにしっくりくるようです。

神戸の人の、行きずりの人にも親切なところは、米子人によく似ています。
ただ、米子人はやはり、神戸人から見ると、内気だとか、奥手だとか、不器用だとか、あるいはダサいとかいうように見えるのは否めません。
でも、人情としては、米子によく似ています。

米子の人の性格は、山陰の大阪というより、大阪と神戸を足して2で割ったみたいな感じだと、私は思います。





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by friendlyclover613 | 2015-09-16 19:17 | 米子の人情と暮らし | Comments(2)