カテゴリ:あははの日記( 5 )

笑われるよ

この前、Aさんが英語を習いたいというんで、フィリピンから来たBさんを紹介してあげたら、いやだって言うの。
きれいな英語を習いたいんだって。
笑っちゃいました。
フィリピン人てのは、あんたにバカにされるような人たちじゃないよ、少なくとも英語に関しては。
イギリスの上流のような英語じゃないけれど、あんたよりははるかに英語はぺらぺらだ。
英語力としては、あんたよりは、フィリピンの人たちのほうが、はるかに上ですよ。
Bさんは、イギリス人の家庭のメイドさんだった人だから、Aさんの先生としては、客観的には不足はないはず。
イギリスの上流階級の人たちが、自分たちのまねをして背伸びしている、Aさんのような日本人のことを、なんて言ってるか知ってるのか。
ここには書ききれないから書かないけど、Aさんと同じ日本人だということが恥ずかしくてたまらないよ。
Aさんと同郷じゃなくて、ほんとによかった。


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by friendlyclover613 | 2018-05-21 08:09 | あははの日記 | Comments(0)

草むしり

うちの親戚の庭の草むしりのことが気になってます。
気になってはいるものの、そうかんたんに行って草むしりしてあげられるような距離じゃないからねえ。
春になって、あそこの庭の草も、さぞかし生い茂っていることでしょう。
いなかだから、金持ちじゃなくても一戸建てに住んでます。
あのおばさんの力では、手に負えないとか言ってた。

「草むしり 会社」と検索したら、立派な会社のサイトがひっかかってきました。
でも、米子のほうではありません。
誰か、米子で草むしりの会社作らないかしらん。


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by friendlyclover613 | 2018-05-10 17:57 | あははの日記 | Comments(0)

兵庫県の三田市で、ひきこもりの長男が暴れるので、おりに入れていたおとうさんが逮捕されるとかいう事件がありましたね。
こういうことがあると、いつも、昔のような近所づきあいがあればよかったのに、とか、近所の人がもっと相談に乗ってあげてれば、とか言われるけど、そういうの聞くと、ちょっとちがうな、と思ってしまいます。

昔、ああいう濃い近所づきあいができたのは、今の時代にないものがあったからですよ。
私が子どものころの米子では、夏の暑い日などには、郵便屋さんや、回覧板を持って来た近所の人に、気軽に、冷たいお茶を出してました。
私も、回覧板とか持って行ったとき、ジュースをごちそうになったりしました。
冬、回覧板を持って行ったら、その家の人たちがテーブルをかこんでココアを飲んでて、ま、あがんなさいよ、と、私にも、おおかみ少年ケンの絵のついた缶にはいったココアを淹れてくれました。

今、米子ではどうか知らないけど、私が今住んでいるところでは、誰も、回覧板を持って来た子どもにジュースを飲ませたりとかはしません。
理由は、人さまざまだけど、私が聞いたかぎりでは、万が一その子がおなかが痛くなったら、自分の出したジュースが疑われるとか、忙しいからそんなことまでしてられないとか。
あるいはかかわりあいになりたくないとか。
新幹線で、連れとちょっと会話してて、少し大きな声になったからって、うるさいと刺されることもあるような時代ですから、このくらい用心するのも無理ないでしょう。

昔の米子で、回覧板を持ってきた人にお茶を出して、そのついでに世間話して、ってことができたのは、昔のお母さんたちのほとんどが専業主婦だったからです。
そして、おたがい、何代も前からの近所づきあいだったからです。
それと、かかわりあいになってこわい人っていうのは、まず、いませんでした。
公衆電話のそばに飲料の空き缶を置いて行ったり、道にごみを捨てたりするような人も、私のまわりにはいませんでした。
回覧板を持って行って、ついでにお茶をごちそうになって、世間話してても、その家の子どもが帰ってきたら、じゃあね、と帰るのが普通だったのです。
今の東京では、そういうとき、帰らない人もいるんだそうです。

近所づきあい、近所づきあい、と言うけれど・・というような話を聞くと思い出すのが、寮生活をしていた人から、数年前に聞いた話です。
その寮には、すごく親切な性格の人がいたそうです。
誰にでもわけへだてなく親切なので、みんなが彼女のやさしさを慕って、人生相談を彼女にしたい人の行列が、いつもできていたそうです。
そんな彼女のところに、ある日、クラスメートが訪ねてきました。
寮母さんが、ちょっとへんな感じがするから部屋に入れないほうがいい、と言うのを聞かずに、彼女は部屋にその友達を入れて、話を聞いてあげたそうです。
そのあと、こわい人から連絡が彼女にあって、騒ぎになったそうです。
詳しいことは私、知らないけど、彼女がトイレに行ってる間に、その友達が、彼女の印鑑を勝手に使ったらしいということです。

こんなことも東京ではあります。
だから、会ったら話すくらいの親しさでは、まだ気を許さないのが普通です。
私の住んでいるところでは、隣どうしになってから1年や2年では、気を許しません。
20年近く同じ棟で暮らしてれば、部屋にあがってお茶飲んだりとかするようなこともあるようですけど。

そう言えば、こんな話も思い出しました。
近所のひとり暮らしのおばあさんがかぜをひいて寝込んでたので、親切な人が、おばあちゃん、うちにしばらくいなさいよ、ひとりじゃごはんにも困るでしょう、と言って、自分の家に泊めてたそうです。
家の中のいちばんひあたりのいい場所を提供して、ごはんも作ってあげて、家族同然の生活をさせてあげてたら、病気がなおっても帰らなくて困ったそうです。
特別なお金持ちじゃないから、食費とかも、いつまでもいられると負担になってきて、やんわり言っても聞こえないふりをするし、ついに、遠く離れて暮らしてる息子さんに連絡して、連れて帰ってもらいました。
親切のつもりが、結局傷つけるようなことになって、おばあちゃんとは、それ以来会ってもきまずいそうです。
昔の米子には、こんなに、いろいろな人っていなかったような気がします。
私の常識はおとなりの常識ということを信じることができたから、回覧板を持って来た子どもをあがらせて、いっしょにこたつにあたらせて、ココアでも飲ませて、っていうようなこともできたのです。

そんな常識が共有できない、今の時代の関東で、昔のいなかのような近所づきあいを復活させよう、ったって、無理があると思います。
今の時代にあった新しい近所づきあいの最良のやりかたは、きっと、昔の米子のやりかたとはちがうと思います。

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by friendlyclover613 | 2018-05-08 09:57 | あははの日記 | Comments(0)

男はプレゼント下手?

この記事は、旧ブログで人気記事でした。
10年前の記事ですが、男のかたの失敗は、いつの時代も変わらないようなので、10年前の記事を、また出してみます。


年末年始は、親せきなどの子どもたちにお年玉やプレゼントをしたりすることも多いシーズンです。
男性は、独身でなくても、子どもの心理をよく知らないから、プレゼントで失敗なさることも少なくありません。
老婆心ながら、そういう失敗を避ける方法を、きょうは書いてみます。

子どもが喜ぶようなものというのも、いなかでも、最近はネットでなんでも買えます。
しかし、人から人へと手渡されるプレゼントならではの温かみや喜びは、いつの時代も変わりません。


たとえば、ディズニーのスプーンとかは、ちょっとしたおみやげにちょうどいいものです。
そういう場合、親せきの子どもにひとりひとつづつという発想まではいいのですが、
何々ちゃんは男の子だからドナルド、何々ちゃんの妹は女の子だからミニーちゃん、というような配慮は、かえって、けんかの原因をつくることになります。
女の子でもドナルドのほうがいいとかいうようなことは、しょっちゅうあります。
子どもへのプレゼントは、全員にまったく同じものを、子どもの数だけ、というのが鉄則です。
何々ちゃんがよほどドナルドが大好きで、妹さんはみにーちゃんが大好きで、というような場合でも、ドナルドのスプーンのほうがかわいいとか、子どもの目から見るとそういうこともあるのです。


たとえば、いなかに住むめいから、
おじちゃん、あれ買ってきてね、とねだられることってあるでしょう。
そういう場合、男のかたは、たのまれたんだから、たのんだ人の分だけ買ってくればいいやと、めいにだけ買ってくるということを、よくなさいます。
それをめいっこに渡すだんになって、そのめいっこと同じくらいの年齢の、ご自分のお嬢さんが、私も欲しい、と泣くだろう、ということには、考えが及ばないことが多いようです。
たとえば、一族郎党集まっているところで、
「はい、〇〇ちゃん、頼まれてたお人形買ってきたよ。」と渡したら、ほかの、同じくらいの年齢の女の子がみんな、あたしも欲しいと泣き出すのは、最初からわかっていることです。
人数分買ってこれないのなら、最初から、買ってくるよとは、誰にも約束すべきではありません。

私の知り合いの独身男性は、近所の女の子から、
「おにいちゃん、東京であのお人形買ってきてね。」とねだられて、約束通り、ひとつ買ってきました。
そのお人形を、近所の女の子に手渡す前に、親せきの女の子に見つけられ、欲しいとねだられて、その子の母親からも、あの子に買ってきて、うちの子には何もないの、と怒られ、とうとう、親せきの女の子に召し取られました。
つまり、近所の女の子は約束を破られたわけです。
それだけならまだしもなのですが、おにいちゃんの親せきの子が、自分の頼んでいたお人形を持っていたということは、近所の子にとっては、人間不信になるくらいのショックでした。
そのショックが、60才近くなった今も忘れられないと言います。


男のかたは、子どもじゃあるまいし、と、かんたんに考えるかもしれませんが、おとなの女性も、子どもと同じようなところがあります。

私の知り合いのある男性は、フランスだかに出張したとき、
奥さんと、自分のお母さんに、スカーフをおみやげに買ってきました。
そもそも、女性から見ると、実の親子ならともかく、姑と嫁がお揃いのおしゃれをするって、ちょっとなあ、と思えるんだけど、男のかたはそれがわからなかったんでしょう。
そのスカーフは、誰が見ても、とってもセンスがいいものでした。
お母さんは、スカーフをかってきたから、嫁さんからうけとってくれ、と連絡されて、喜んでいましたが、待てど暮らせど、お嫁さんからひとこともありません。
そのうち、町を歩いていて、お嫁さんのお母さんが、お嫁さんと同じスカーフをしているのを見て、自分には送ってこないことを知りました。
お母さんは、かなり傷ついて、嫁姑の仲は悪化しました。

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by friendlyclover613 | 2017-12-30 07:54 | あははの日記 | Comments(0)

気をつけたほうが・・・

最近、米子に帰省してきたYさんと話したんだけど、米子の人って、若い人はどうか知らないけど、古い人は、昔ののんびりした暮らし方が、今も抜けないみたい。
Yさんが、お隣の家に用事があって行った時、ごめんください、って言っても、誰も、なかなか出てこなくて、見るにみかねて、近所の人が、今、おじいさんは買い物に行ってるよ、と。
ここのお宅は、私よりちょっと年上のYさんの家とは、何代もまえから近所づきあいしてるんだけど、Yさんと同い年の息子さんがこの町を出て行ってから、ずっと、おじいさんとおばあさんのふたり暮らし。
おばあさんは、家にあまりいない性格の人で、おじいさんは、買い物に行くとき、玄関をあけはなして、家から5分くらいのスーパーに買い物に行くんです。
そんなふうにして暮らしてても、どろぼうにはいられたこともなければ、ものがなくなったこともない、ほんとに、平和ないなかって感じの土地がらなんだけど、私は、やっぱり、心配してしまいます。

若い人は戸締りをきちんとしている、年よりは、あまり戸締りしない、で、歩けなくなるくらい、からだが不自由になったお年よりは、どろぼうがこわくて、戸締りをきちんとしている・・・そんな生活のようすが、最近米子に帰ってきた人たちの話から見えてくるんだけど、私の感覚からするとあぶないなあ、と。

よけいなおせっかいかもしれないけど、米子のみなさま、どうか気をつけてください。



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by friendlyclover613 | 2016-06-01 00:15 | あははの日記 | Comments(0)
米子弁よ、世界に羽ばたけ!

by friendlyclover613