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スキー&スノーボード2004-2005

ゲゲゲの女房のふるさと / 原野を買う人いるかも

ゲゲゲの女房、こと、水木しげるさんの奥様のふるさとが島根県安来市であることは、わりと誰もが知っていますが、観光地としては、あまりぱっとしないかも。
安来市というのは、宣伝が非常にへたなようで、移住者勧誘のサイトは、どれもこれも、あまりきれいな景色が出てないんだけど、実際に行ってみると、サイトの写真よりずっときれいな場所が、あちこちにあるんですよ。
今頃の季節は、柿やヒガンバナの色彩がとてもきれいです。
皆生の海も大山もいいけど、米子から少し離れて、内陸の山と川と田畑の景色の中を車で走るのもいいものです。

足立美術館から、1キロっていってましたかね、もし、まちがってたらごめんなさい。
あの川に沿った道をずっと広瀬のほうに行くと、広瀬の集落が始まったくらいのところに、
山中鹿之助が一騎打ちをしたところが、公園になってそのまま残っています。
一見何の変哲もない田舎の場末の景色ですが、歴史マニアにとっては見所がもりだくさん。
一騎打ちで負けた品川大膳のお墓も、その近所にあります。
山縣有朋の字で書かれた碑も、その付近にあります。
品川大膳のお墓から裏山を上ると城跡に出るとか聞いたことがあります。
あのあたりに代々住んでいる人は、尼子氏の家来の武士の子孫だそうです。
あのへんの人は、すごくお花が好きなようで、どの家も庭や窓辺に花がいっぱいで、いつの季節も景色がすごくきれいなんだそうです。
川沿いに家々の庭があって、丹精込めて育てた季節の花々が、清らかな流れに映り込んで、春は、対岸の一騎打ちの公園も木に花が咲いて、それはそれは美しい景色なんだそうです。
そういうきれいな景色を、広瀬の宣伝に使えばいいのに。
春だけでなく、今頃の季節も風情があっていいし、冬の雪景色もきれいなんですって。
広瀬というと、すごくダサいイメージを持っている人は多いでしょう。
しかし、実際に、広瀬に赴任して数年住んでいた一家の話によると、広瀬は、宣伝はとてもへただけれど、実際に暮らしてみると、想像してたより、ずっといいところなんですって。
前世紀の話ですけど、ある土地で受け継がれてきた人情とか心とかいうものは、50年や60年で、そうそう、がらりと変わるものでもありませんから、紹介してみます。
学校の先生などの赴任者も多く、そのような、よそから来た人と仲よくやっていくことのじょうずな町だっていってました。
いい人にたくさん出会ったし、広瀬でいじめがあったというような話も聞いたことがないそうです。

広瀬の人ってきれい好きで、そうじ好きで、武士気質というんでしょうか、まじめで誠実で、正直で、実力があって頼りになる人がたくさんいるんですって。
回覧板持って行くとステテコ姿で出てくる、一見、なんの変哲もない、そのへんのおじさんと思ってた近所の人が、実は、知る人ぞ知る歴史学者だったとか、
質素な服着て、どうでもいいようなヘアスタイルしてて、ただのダサいいなかのおばさん以外の何物でもないと思ってた人が、
「え?!、あの人が大学教授?、うっそー!!!」とか、そんな話の多い町です。
で、ステテコ姿の学者先生や、ダサい大学教授のおばさんが、つきあってみたら、それはそれは、すごくいい人なんですって。
都会の人から見たら、広瀬の人って、わざと、自分を実際より悪く見せるために、どうでもいいようなかっこうしてるのかしら、というように思えるそうです。
まさか、そんなこともないでしょうけどね、外見より中身、質実剛健、よけいな飾りは要らない、という武士の精神なんでしょう。

一騎打ちの公園から国道を、もう少し、広瀬町にはいっていくと、メインストリートから横道にはいったところに、尼子氏の菩提寺があり、そこに尼子氏のお墓があります。
鹿之助の菩提寺は、今は移転して鳥取のほうにありますが、鹿之助の名前をもらって幸盛寺というところです。
広瀬には、もうひとつ、知る人ぞ知るお寺があります。
城安寺・・確か、こんな字だったと思うんだけど、「じょうあんじ」と読みます。
ここの門は、松江のお殿様からの贈り物で、庭園がまた、すばらしいです。
これまたすばらしい天井画があって、美術愛好家が、足立美術館の帰りに寄るそうです。
毛利軍が尼子攻めのとき、このお寺で休憩したそうです。
この時かどうか知りませんが、毛利元就は、広瀬まで来たところで、からだの具合が悪くなり、京都から、有名な腕のよいお医者様を呼び寄せました。
そのお医者様というのは僧侶で、元就は、人を殺す戦争をしている自分を、そのお医者様が診てくれるかどうかということを不安がったそうです。
が、お医者様は、はるばる京都から来て、病気を治してくれました。
元就が、尼子に勝ったとき、尼子の一族郎党と家臣を殺さずに、自分のところに召し抱えたのは、
このお医者様に説得されたかなんかだろうということです。
山中鹿之助は、そののちも、テレビでご覧になったかたも多いでしょうが、残念ながら、私は、あのドラマを見ることができなかったのですが、毛利と戦い、お家再興のために最後まで戦いました。
しかし、ついに、力尽きて毛利にとらえられました。
元就は鹿之助を殺す気はなかったらしいですが、輝元はちがいました。
鹿之助は輝元に命を奪われました。
尼子のお家再興の望みは叶わなかったけれど、鹿之助の生き方は、時代を超えて、人の胸を打ちます。
弱い自分を守るためには、寝返りも裏切りも、むしろ当然のことであったあの時代に、
鹿之助自身織田信長に見捨てられ、それでもなお、2君にまみえず、という主義を貫いた鹿之助の生き方を、今も、故郷の英雄として、広瀬の人は尊敬し、ふるさとの誇りとしています。
まわりのおとなが、みんな、自分のふるさとに誇りを持っているというのは、子どもにとっても、いい環境です。
自分のふるさとに誇りが持てるから、よそものいじめがないのでしょう。

広瀬の人は、今は、みんな自家用車を使ってますが、自家用車の通勤もたいへんでしょうが、昔は、高校からは、安来や米子や松江に、バスや電車を乗り継いで通わなければなりませんでした。
安来はバスだけで行けましたが、松江も、米子も、バスと電車を乗り継いで1時間あまりかかりました。
松江や米子への通勤通学としては、ぎりぎり可能なところでした。
松江や米子から、広瀬よりもっと遠いところの人は、下宿したのです。

毎朝、早起きして、高校に、大学に、お勤めに通う広瀬の人は、ものすごい勉強家が多いです。
すごく勉強好きなんだそうです。
通わない人、たとえば専業主婦でも、昔は、米子や松江に行かなければできない買い物も少なくなかったりして、生活は決して便利ではなかったようです。
今は、Amazonとかの通販もあるし、ネットもあるので、昔ほど不便ではないでしょう。
そのような不便さに、広瀬の人は根性も体力も鍛えられてきたので、実力のある人材を、けっこうたくさん輩出しています。
広瀬には、島根大学を出た人が多いです。
学校の先生になる人も多い、そんな知的な環境で育つ子どもたちは、自然に勉強好きになるのでしょう。

広瀬町なのか、旧安来市なのか知らないけど、このへんには、音楽家も、けっこういらっしゃるそうです。
島根大学で音楽を専攻したかたも多いんですよ。
島根の音楽のレベルの高いことは、松江クラシックスを見ればわかるでしょう。
出身ではないけど、このへんにお嫁に来たソプラノ歌手のかたが、時々リサイタルをなさってたこともあるそうですし、ここ出身の、桐朋学園卒の、すごい美人バイオリニストのかたは、N響にいらしたこともあるそうです。
幼い時から親もとを離れて、桐朋学園の寮かなんかで生活なさっていたというのは、親御さんのほうも、お子さんのほうも、ほんとうにたいへんだったことでしょう。
日常生活が不便な広瀬の人にとっては、勉強するためには、こんなことも頑張って乗り越えることが、当たり前のことになっているのです。

最後に、広瀬のおみやげのことも。
月山というお酒、すごくおいしいそうです。
私はお酒はあまり飲めないので、お酒のことはよくわからないのですが、
酒飲みが、口をそろえて、月山はおいしい、と言います。
「つきやま」と読まないでね、「がっさん」と読みます。

広瀬は、そんなところ(だそう)です。
11月ころはとてもきれいです。
ただ、誰もが車を使って生活しているので、バスやタクシーのことを調べても、なかなか情報がみつからないかもしれません。
私は、知り合いに車で連れてってもらいました。
都会なら、思い立ったが吉日と、電車に飛び乗ってというような旅のしかたもあるでしょうが、このあたりでは、何の予備知識もなく、安来の駅に行けばなんとかなるさ、と考えて電車に乗るとまちがいます。
安来の駅についてみたら、タクシーが全然なかったとかいうような話も時々聞くので、よく調べてから行くほうがよろしいでしょう。

水木しげるさんは、この地方を代表する有名人だから、お亡くなりになってから、死人に口なしで、
お名前を、本名も、いろんな人に利用されておられますね。
お亡くなりになったかたは、何を言われても抗弁できませんから。
水木さんのお名前を利己的な目的で利用する人を、よく見かけます。
水木さんの本名は、かなり珍しいお名前です。
水木さんと親戚だとか、水木さんと祖先が同じだとか、今となってはもう調べようがないことを利用して、水木さんと親戚だと自称する人も少なくないようです。
姓の由来についてのサイトは、聞きなれない姓の読み方を知るのに便利です。
しかし、誰でも由来を書き込めるようになっているサイトには、利己的な目的のために有名人を利用しようとしてのデマの書き込みもありうるそうなので、注意が必要だということです・・姓の研究の専門の先生に聞いてきました。
姓に関する情報は、書き込みをかたっぱしからうのみにするとまちがうそうです。
専門の研究者による情報と、その姓の人が先祖から伝え聞いていること以外の、しろうとのいいかげんな情報は、すぐに信じないほうがよいようです。
水木さんのふるさとであるこの地方のことを何も知らない人が思わず本気にしてしまうように、じょうずに書いてありますが、情報を受け取る人のほうで、じょうずに、情報を選別してほしいものです。


荒島駅が無人駅になって、親せきに行くとき、なんだかこわい
バスが廃止になっちゃったとかで、迎えにきてもらうのを待つ間がこわいです
日没後でも人がいるような状態になればいいなあ、と思います


アイデア

1.
比羅夫駅みたいに、宿にする
大山に登山に来る人たちの宿として使い、登山者向けの店とか、ガイドや案内のサービスをするところも設ける
雪や嵐などで、バスやタクシーが運休になっているようなときに、通勤通学の人たちが、一晩泊まったりとかもできるようにする
泊まる話が好きなのは、登山やキャンプを昔してたからです


2.
公民館と一体化させて、昼間は近所の人たちが図書室を利用しにきたりするようにする
子どもむけの紙芝居や幻燈など、昔懐かしいようなものもそろえて、昭和の暮らし博物館みたいな感じにして、働いているお母さんが迎えに来るまで、子どもが退屈せずに待っていられるような場所にする

それにしても、荒島駅の図書室・・東京とかの駅でああいうことをやろうとしてもできないんだよ、すぐに、本が盗まれちゃうから
島根県人って正直だねえ


3.
せっかく足立美術館が近くにあるので、美術関係の人が集うような場所にする
あまり表には出ないけれど、このあたりにはアマチュアの画家も多い
そういう人たちの作品発表の場を設ける


4.
下夜久野駅みたいに、店の中に駅があるような形にする
その店がタクシー会社なら、利用者にとってはすごく便利


5.
誰もいない駅の事務室を交番にする


6.
カーシェアの拠点にする


7.
松江や米子から、車で、足立美術館や、広瀬の方面に行く人のための休憩の場にする
喫茶店よりもう少し手軽な感じで、休憩したり、ちょっとした食事をしたり、トイレを借りたり、などなどのことで寄れるような場所にする
初めてこのあたりに車でくる人もいるのだから、そういう人に、いろいろと教えてくれる人がいてほしい


8.
駅前にあるお宅が空き家なら、公務員住宅として安来市が借りる


9.
ちょっとしたきんちゃくやエプロンなどを作って売って生活している人も、関東にはいる。
その作品を見ながら、島根鳥取には、もっと、技術のしっかりした作り手がいる、と、いつも思う。
島根県人は器用だし、性格もきちょうめんで、編み物などの作品は、その性格を反映した、きちんとしたものが多い
私が小学校の時、実家のとなりのおばさんに編んでもらったカーディガンを、編み物の先生に見せたら、すごく高い技術だとほめられた
昔は実力のある先生や作りてとして活躍した人が、結婚してからは普通の主婦としてうもれてしまっているような人がたくさんいる
そういう人の出店を集めたマーケットを作る
特に編み物は、かなり高いレベルの技術を持った人が、高齢者の中には少なくない
そのような方々の技術が受け継がれないでしまうのはもったいない
ぜひ、継承の場を設けてほしい
その人たちの手になるセーターやこたつかけなどの作品を売る場を駅の構内に設けるといいと思う
編み物は、編み物療法というものが、私も医療のことはよくわからないけど、手先を使うことが健康のためにいいということで、あるんだそうだ
若いお母さんたちの中には、意外と、編み物を習いたいという人が多いので、
そういう生徒さんと先生をつなぐ場があるといいと思う



原野を買う人いるかも

使い物にならないような山林を大量に受け継いだ人たちはたいへんね、という話をしていたとき・・
まったく使い物にならないと思えても、世の中、これだけ人間がいて、いろんなニーズがあるんだから、思いがけないことが起こって、売れることもあるかもしれない、という話になりました。

野鳥が暮らせるようなところ、野鳥を保護するために使えるようなところなら、野鳥の会が買ってくれるかもしれません。
知り合いが、ヨシの原っぱを含む広大な土地を売りに出すことを考えているというので、止めました。
ヨシは、今時貴重な植物。
オオヨシキリ、コヨシキリなどは、住処がなくて困っています。
ぜひとも、野鳥の会に相談してください、とお願いしました。

誰かが冗談で、太陽光発電の商売を始めたらいいんじゃないか、とか言いました。
今は冗談でしかないけど、これが、いつ、マジで、ほんとのことになるかわからない可能性、あります。

ただで日本の土地がもらえるというようなうわさが海外で流布しているそうです。
相続についてくる税に耐えきれなくて売る人が多いからだそうですが、贈与税は、外国人にはかからんのかいな。


数十年前の原野商法でだまされた人が亡くなって、困る相続人が続出してますね。
私も、相続の問題がちょっとあって、いろいろ人から話を聞かせてもらったり調べたりしたんだけど、ほんとに、目をおおいたくなるようなひどい話が、あまりに多いです。
私の親は、なんとか、原野商法にはひっかからなかったけど、田舎の土地というのは、ほんとに厄介。
知り合いは、足立美術館の近くのご実家の土地を相続しました。
美術館のお客様向けの宿とか、駐車場にしようという人が買ってくれるんじゃないかと思ってたけど、読みが甘かったみたい。
駐車場はすでに、すごく広い場所を確保してあって、見たところ余ってる感じだし。
知り合いにかたっぱしから、相続の経験談を聞きまわったけど、みんな、苦労してます。
原野ほどではないけど、足立美術館のそばでさえ、売れないなんてねえ・・・
園芸や陶芸の先生が教室でもひらけば、もうかりそうなのに。
広瀬の人って勉強好きで、ああ見えても、勉強することにはわりとお金かけてる人が多いとか聞いたことがある。
大学の先生、学校の先生が多い地域だそうです。
子どもたちも、よく勉強するそうです。
だから、本屋さんでもできたら繁盛するんじゃないかしらって思えるんだけどね。
あのへんは、大河ドラマで有名になったし、近頃は歴女が増え続けてる感じだから、そういう人たちが喜ぶような本やさんとかカルチャースクールとか作って、観光客向けに講演とかやったら、東京や大阪から、けっこうお客様が来そうな気もする。

私と同じような貧しい人から相続税を無理にむしりとることをしていたら、貧しい人は早く手放したいから、外国人が買うと言えば、売ることもするようになる、そしたら、結局、めぐりめぐって、日本の国が立ち行かなくなるようなことになる、考えるだけで、未来は空恐ろしい。
重荷になるような相続を、貧しい庶民がせずにすむようになるような法律が早くできてほしい、と思います。

世の中には奇特な人とか、少数派とかいろいろいるので、7000坪だかの、原野に近いような山奥の土地を買おうという人にめぐりあえる相続人もいるから、あきらめないで。
思いがけないことが起こる世の中の変化に希望を託すのもあり、か。

世の中の相続人のみなさま、おたがいにがんばりましょう。



by friendlyclover613 | 2018-12-30 11:43 | 移住情報 | Comments(2)
Commented by たまお at 2018-03-17 09:26 x
「ピーマン」のことを 「こしょ」って言ってましたね。
アタイの生家(福原地区)では、唐辛子を含め、あの種類はみんな こしょ でした。
Commented by あはは at 2018-03-17 16:00 x
そういえば、遠い昔に、ピーマンのことをそんなように言ってた人がいたような気が・・・
うーん・・・私の記憶では、みどりいろのピーマンはピーマンだったような・・・昔のことはよく思い出せないです。
私は、国鉄の米子駅の近くで育ったから、福原とは、もしかしたら、少し言葉がちがうのかもしれませんね。
こうしてみると、意外と、米子って広いのかも。
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方言の女王様なる鳥取県米子市の米子弁を世界の流行語にしたい
by friendlyclover613