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自然保護の面からも、人間の健康の面からも、菜食は非常によいことです。
米子にもヴィーガンレストランがあると聞いて、さっそく、サイトを拝見しました。

米子市明治町にある 
「日々の糧」というお店です。
今は、おせちの予約の受付中ですが、野菜中心のおせち、とてもおいしそう。
アレルギーにも対応してくれるそうです。
米子に住んでたら頼むのになあ。

松江にも、ヴィーガンレストランがあると聞いたので、行ってみたいです。

松江市 大庭町 出雲かんべの里
お店の名前はわからないのですが、
ドイツ人の女性のかたのお店です。
お料理教室もひらいてらっしゃるとのことです。

肉料理のほうがお金がとりやすいから、とか、とっつきがいいからというようなことで、必要以上に、日本人は肉を食べすぎているように思います。
上記のお店のお料理、すごくおいしそうです。


米子のおいしいもの

米子に、475ビールってあるんですって。

morie さんのブログ

リンクさせていただいて、ありがとうございます。



♪みやこださん

あんた、ヨナゴビールってしっとーててや
あなた、ヨナゴビールって知ってる?


♪ふなこしさん

知らんじぇ
知らないよ

なんだ、そーは?
何、それ?


♪みやこださん

米子のビール送ってごせって、子どもが言うだけん
米子のビールを送ってほしいって、子どもが言うからさ

米子のビールと、大山のビールと
おくったったわい
おくってやったよ


♪ふなこしさん

初めてきいたわ

うっちゃちゃ、そげなもんはのまんだけんな
わたしたち(みやこださんも含めて)は、そういうもの(アルコール類)は
(好きじゃないから)飲まないものね


♪みやこださん

あんたげのは飲みなーでしょうが
お宅のご主人はビールは飲まれるんでしょう


♪ふなこしさん

わが気にいったのを買ってくーだけんな、
(お酒類は)飲みたい人が飲みたいときに自分が気にいったのを自分で買ってくるから

わたしがかわへんだもん
私が買うわけじゃないから

大山の牛乳は子どものときから飲んでたけど、米子の特産にビールがあるなんて、このトシで初耳。
でも、ほんとらしいです。
私は、アルコールはあまり好きじゃないからだけど、それにしても、あの大酒のみが知らなかったなんて。
あの人が知ってたら私も知ってるはずなんだから。
475ビールっていうんだと。
知らなかったー。




♪ふなこしさん
あんたげは、もう、梨、たのんでや
あなたは、もう、梨(の進物)を注文した?


♪みやこださん
きょ、頼んだじぇ
きょう、注文したよ


♪ふなこしさん
あんたとこーは、しゅうとさんやちもおーなーだけん、よけおくーなーだーがん
あなた(のお嬢さん)のところは、お姑さん夫婦と同居だから、たくさん送るでしょ


♪みやこださん
15キロ頼んだ↓わ


♪ふなこしさん
うちのいもとも、15キロ送ったと
私の妹も(子どもに)15キロ送ったんだって




米子のおいしいおみやげ

ふろしきまんじゅう、 公園だんご、 リビドーの洋菓子、 
つるだやさんの和菓子、 にんげまんじゅ
長田茶店さんのお茶



名産

梨、 大きなすいか、 ビッグピーマン、 ねぎ、 大山の牛乳



# by friendlyclover613 | 2020-11-24 08:33 | 島根と鳥取の情報 | Comments(0)

米子はいいところ

自慢になるけど、米子市出身だというと、よく言われる。
「ぼくの会社にも米子出身の人、いるけど、いい人だ。」とか、
「私の友達も米子出身なの。いい人よ。」とか。
お世辞もまじってるかもしれないけど、ほめられると、やはりうれしい。
「私は、小学校のとき、2年間米子にいたけど、とってもいいところだった。
おとなになったら、また、米子で暮らしたいと思ってた。」という人にも出会った。




米子に移住することを考えている知り合いがいる。
シングルマザーになった彼女に、私が、米子に移住するといいよ、とすすめているのは、
彼女なら、このようないなかの社会でやっていけると思うからである。
決して、彼女だけに自分の感情だけでやみくもにすすめているわけじゃない。
彼女には、確かに私は好意を持っているけど、米子への移住を勧めているのは、客観的に見て、
彼女が米子で幸せになれると確信できるからだ。

〇〇さんのことを嫌いだから、あなたは米子に合わないよ、と言ったわけではない。
冷静に見て、〇〇さんは、米子では暮らせない。
自分のつっかけを、ほかの人が無断ではいたなんてことに、あんなに腹が立つようでは、
米子で楽しく暮らしていくことは不可能だ。
私の実家では、つっかけなんて、もう、どれが誰のだか決まってなかった。
親せきが持ってきてそのまま置いてるのとかも全部ごちゃまぜで下駄箱にはいっていて、はくときは、どれが誰のなんて考えずに、下駄箱にはいっている以上は家族の誰がはいてもいいということになっていた。
家族だけじゃなく、泊りに来た人に、どうぞ、これはいてください、と、親せきがうちに置いてる下履きを出したりしていた。
私も親せきの家に、自分の下履きを置いていた。
その家の家族だけじゃなく、そこの家の子の友達とかがはくこともあったんだろうけど、そんなこと、全然気にしなかった。
親せきに行ったとき、郷ひろみさんのレコードを、そこの近所の店で買ったんだけど、もって帰るのを忘れて、何日かそこの家に置いていた。
その間、従妹たちがさんざん聞きまくったことは聞いても、そんなに気にはならなかった。
うちだけじゃなくて、どこの家でも・・・たぶん、米子ではそれがふつうの暮らし方だよ。

私が米子への移住をすすめた人は、商店のお嬢さんだったので、あいさつのしつけもしっかり受けているし、ごみ出しなどの日常生活もきちんとできるし、仕事も誠実にまじめにやる人だ。
きれいな人だし、もてるけれど、男女関係にだらしがないようなことはしない人だ。
彼女の生き方を米子の人たちは好きになり、彼女をサポートするだろう。
心の傷ついた人が人生の再出発をするのに、米子は最適の環境だと思う。
今みたいな時代にあっても、いなかでは、離婚して実家にもどると出戻りと言われ、近所の目をはばかって、家から1歩も出ないで生活している女性も少なくない。
米子人は、心に傷を負った人に対して、へんなところから無理矢理はいりこもうとしたりとかいうようなことはしない。
こういうところはなかなか都会的なのだ。
米子では、離婚して故郷に帰ってきた女性も、勤めてるし、昔の同級生とも、喫茶店とかで会ってるし、そんな彼女たちを誰もめずらしがったりはしない。
そういう人間関係に癒されて、彼女は心の痛手から立ち直れるだろう。

彼女にだけじゃなく、男性のKさんにも、私は、米子で暮らしたらいいよ、とすすめている。
首都圏で、男手ひとつで子育てするのはたいへんだ。
米子でもたいへんだろうけど、米子なら、Kさんは、親せきもいるし、同窓の友達や知り合いもいる。
Kさんは、パソコンの先生をしてたこともあるし、今はシステムエンジニアだ。
人口15万ちかいこの町で、仕事が見つからないなんてことはないだろう。

人生の長丁場では、人を信じられなくなるくらい傷つくこともあるけれど、私が知る限り、そういう目にあった人も、
米子で、人を信じる心をとりもどして人生の再出発をしている。
米子は首都圏より生活費も安いし、野菜が安いから、お子さまたちにも、じゅうぶんに野菜を食べさせてあげられる。
庭で花や野菜を育てれば、さらに節約できる。
教育だって、小学校から受験を考えるのが普通だという首都圏より、米子で、偏差値はほどほどにして、
ボーイスカウトや少年野球などで、人間関係の技術や生活のしかたなどを教わって、人間らしい人間に育つほうが、
お子さまたちにとっても幸せだとだと思うから、私は
彼女にも彼にも、米子に来るといいよと、すすめているのである。
米子人はカタブツが多いから、不倫とか、結婚しないで同棲しているとかいうことに、東京や大阪ほど理解はない。
私の世代でも、社会の秩序と伝統的な結婚の形を守る生き方をを誇りにしている人が、都会よりずっと多い。
不倫は問答無用で不潔としか思えない、という若い人も、都会より多いようである。
それは、柔軟さを欠くという欠点でもあるだろう。
でも、そういうのって、常識が豊かという美点の裏返しのような一面もある。
米子人は、常識のレベルは高いよ。
信頼できる誠実な常識人にかこまれて育つことは、子どものためには、むしろいいことだと私は思う。

私としては、ふるさとの米子の発展のためには、ひとりでもたくさん移住していただいたほうがうれしいというのは確かにあるんだけど、あとあとのことまで考えると、やはり、米子に合う人、米子で幸せになれる人に来てほしいし、合わないような人にはすすめたくないんだよなー。




田舎に移住した人たちの最大のカルチャーショックが、情報収集であろう。
都会では、何事もまず検索だから、ネットの情報も常に新しい。
古くなって使えなくなった情報をいつまでも出していたら、たちまち同業者との競争に負けてしまう。
だから、情報をさがしたり受け取ったりする側から見れば、常に、ネットの情報は新しくて信頼できるのが普通なのだ。
あてにならないのは例外である。
そういうところと、米子あたりの状況は全然ちがう。
あちら(島根、鳥取)では、ネットの情報は古くなって使えなくなった情報が、ふつうに出してあって、それが検索でひっかかってくる。
松江や米子はまだしもだけど、それ以外は、もう、ネットの情報は使い物にならない。
たとえば、高齢の経営者がネットに店の情報を出そうと考えて、都会暮らしの息子さんに、サイトを作ってくれるように頼み、8年前に、作るだけは作ってもらったんだけど、そのあと、まったく手入れも更新も、息子さん任せで、6年前、息子さんが最後に更新したきり、ずっとそのままの情報が出ている、2年前経営者の奥さんが亡くなって、奥さんにまかせていた支店を閉鎖したんだけど、息子さんが仕事で忙しくなって、忘れているわけじゃないけど、サイトは更新しないままの状態でほったらかされている。
サイトの情報を信じて支店に行ったお客様は目的を達することができない、と、そんなような例が多いらしいのだ。
らしいというのは、私も、最近は米子に帰る用事もなくなって、郷里のことは、断片的に聞きかじる程度の情報しかないから、こういう言い方になった。
検索して支店に行ったけれど、支店がない、という体験をする人が増えていくのをそのままにしていたら、都会でなら、すぐにお客様が来なくなるだろう。
しかし、米子ではそうではないらしいのだ。
昔からのなじみのお客様は、ネットじゃなくて、同じ店のお得意様どうしの口コミなどで情報を得るので、
たとえば2年前に支店が閉鎖になったことも、休みの曜日が変わったことも、ちゃんと知っているから、サイトがどうあろうと、行くのだ。
ネットの情報が不十分であれば、うちの子の友達の何々ちゃんのお母さんが、あの店のある町の出身だったわ、とかなんとかいうような、情報のルートがあるのである。

たとえば、私は、この前、米子に行くとき、知り合いの店を検索した。
引っ越したので、私が知っている電話番号が使えなくなったのはわかっていた。
検索すれば新しい電話番号がわかるだろうと思っていたが、旧住所の古い情報しか、ネットでは得られなかった。
それで、どうしたかというと、米子の近くに住んでいる知り合いに頼んで、調べてもらったのだ。
調べてもらったというのは、その人の周囲の人に聞いてもらったのである。
あちらの人は、このような生活情報は、知り合いや仲間から得る。
あそこの店は休みの曜日がかわったよとか、ひっこしたよとかいうような情報は、ネットではなく、口コミでひろがる。
それでじゅうぶん暮らしていけるので、ネットの情報を、そんなにあてにしていない。
だから、ネットの情報がいいかげんなのであろう。
ネットの情報がいいかげんだから、みんながあてにしない、あてにしないからさらにいいかげんになる、という悪循環なのかもしれない。
ネットに強い人が移住してくれば、仕事にはきっと不自由しないだろう。
今は、みんな、なんとか自分の人脈で情報を得ているけど、そのうち、米子も、都会同様、ネットの情報に頼る必要が増してくるかもしれない。
今のところは、田舎暮らしを快適にするためには、自分に必要な情報を集めるための身近な人間関係の情報網を、じぶんなりに作れなければならないみたいだ。
それも、やりやすいところとやりにくいところとある。
米子は、よそから来た人を、わりと、すんなりみんなが受け入れてくれるから、情報網も作りやすい。
よそものを排除しがちなところというのは、必要な情報も、よそから来た人には与えてくれなかったりというようなこともありがちだから。
情報とは、形がないけれど、命綱みたいなものなので、いなかで情報が得られないとなると、生きて行かれなくなる。



# by friendlyclover613 | 2020-11-23 21:13 | 島根と鳥取の情報 | Comments(0)

代替ダウン

私は、毛皮や皮革製品などを避けているけれど、いつだったか、借りたダウンの上着がとても温かくて、この冬には買ってもいいかな、と思っていた。
でも、鳥を足にはさんで鳥の胸から羽毛をむしり取っている、アニマルライツのサイトの写真を思い出すと、買う気になれなくて迷っていた。
ちかごろはアクリル100パーセントでもけっこうあったかいしな、と、ダウンはやっぱり買うのやめようと決めかけてたとき、フェイクダウンのベストを見つけた。
ちょっと高価だったけど、本物のダウンを買おうと思った時の予算よりは安い。
7000円。
着てみると、温かさの点では遜色ないから、今年の冬はこれにした。

毛皮や皮革製品とちがって、ダウンは、生き物を殺さずに採取するものなんだからいいじゃない、と思っているみなさま、羽をはがれるときの鳥の苦痛は、ほんとうに死んだほうがましなくらい凄いのです。
胸から羽毛をむしりとられる間、ものすごい苦痛に耐えて、血がにじんでも、血が出てもろくに手当てしてもらえず、その傷が癒えないうちに、羽毛がふたたびはえてきたら、また、同じように、人の足にはさまれて身動きできないようにされて、羽毛をはがされるのです。
アンゴラも同じ、殺さないからいいというようなものではないのです。

大昔、地球が寒かったころには、ウールの衣服も必要でした。
しかし、今は、アクリル100パーセントのセーターでも、じゅうぶんしのげる寒さです。

アニマルライツのサイトを見てほしいです。


コロナが世界中に広がったのはどこからかというと、毛皮産業の農場からだった。
そのことを知らない人がけっこう多いように思う。
コロナというのは、私は、おそらく、何らかの神意を背負っていると思う。
それが毛皮産業からというのは、いかにも・・と思える。
オランダは、もう少し先にミンク産業を停止する予定だったのを早めたし、先進国は、毛皮廃止に向けて手を打っている。
「あしながおじさん」などの小説が生まれたころの時代の欧米では、ミンクというとステイタスシンボルであったが、今は、心無い人間であることのしるしである。
毛皮は、動物虐待だけでなく、毛皮の生産過程で使われる薬品は公害の原因となり、人間にも害を及ぼすんだそうだ。
先進国では、コロナのこともあって、毛皮廃止に向けての政策が次々打ち出されている。
いまだに日本だけが手を打っていない。
アニマルライツなどの団体の、動画作成などの、たゆまぬ努力によって、ひとつの毛皮製品ができるまでの、何重もの残酷な行為が、昔よりは知られるようになったけれど、まだまだだ。
子どもを置きざりにして死なねばならない無念さは、人間も動物も同じ。
生きている動物のからだにメスを入れて皮をはぐという、想像するだにおそろしいような残酷な行為が、だんだん、知られるようになってきたけれど。
売れるから、動物を殺す人がいる。
買う人がいなければ、殺す人もいなくなる。
コロナは、こういう形で、動物たちを救いに来た天使なのかも。
ある人は、コロナのこともあって、手持ちの毛皮のコートを着たくなくなった。
それらのコートやマフラーなどを、アメリカだかの獣医さんのところに送ったのだそうだ。
その獣医さんは、それらの毛皮製品を消毒して、患者(犬や猫)用のベッドにするんだそうだ。

先進国での毛皮廃止への政策などの情報に関しては、
アニマルライツのサイトを参考にさせていただきました。




フォアグラをおいしいと言う人は、フォアグラがどのようにして作られるか知らない人だと信じたい。
フォアグラの原材料は鳥の内臓である。
どんなに残酷な育て方をされているか知った人は、フォアグラを食べたくなくなると信じたい。
アニマルライツのサイトを見てほしい。
フォアグラの作られるプロセスのむごさを見たら、心ある人間なら食べられなくなる。
これを見て、あなたの立場を決めてほしい。
もの言わぬ生き物だから、こんなことをされる。
もし、あなたがこんなふうに、食べたくもないものを無理矢理胃に押し込まれたら、毎日、毎日、そんな食事のしかたばかりさせられていたら・・そんなふうに考えてみてほしい。
私たち人間が生きるためには、他の生き物の命を搾取することもしなければならないけれど、それを、他の生き物との共存同栄の形にするよう努力すべきだ。
アニマルライツなどの動物愛護団体の努力によって、いっとき、フォアグラの輸入量や消費量が減ったというニュースに喜んでいたのだけど、フォアグラを売る立場の人たちも、この流れに対して黙ってはいない。
今まで高級食材とされてきたフォアグラを、ワンコインの安値で売ったり、フォアグラを普及させるためにがんばっている。
誰が正しいのか、誰がまちがっているのか。
今までフォアグラでお金儲けをしてきた人たちも、命がけでがんばっている。
それを頭から否定できないけれど、私は、あくまでも、フォアグラという料理を、動物に対する虐待行為とする立場は変えない。
どんなに安くても、フォアグラは買わないし、食べないつもりである。



# by friendlyclover613 | 2020-11-23 08:59 | 野鳥の会 | Comments(0)

生涯が台無しに

占いの仕事を始めたばかりのころに出会ったケースです。
今も忘れることができません・・細かい部分はだいぶ忘れましたけどね・・事故のおそろしさは間接体験であってもじゅうぶん衝撃的でした。
忘れた部分は創作で書いてみます。

あるサークルで知り合った、酒屋の奥さんのお話です。
彼女には、都会でひとり暮らしをしている息子さんがいました。
仕事にも都会の暮らしにも慣れてきたころの忘年会で、息子さんは、とりかえしのつかない目にあってしまったのです。

彼女は、年末近いある日、ものすごい胸騒ぎをおぼえて、東京の息子さんのようすを見に行きました。
いなかの家の商売も、年末は忙しくて、ほんとうは息子さんどころではなかったのですが、なぜか、どうしても行かなければ、という予感のようなものに突き動かされて、
彼女は東京の息子さんのところに泊まりにいきました。
その忘年会の朝は大雨でした。
夜はもっと大降りになり、もしかしたら電車もとまるかもしれない、という天気予報に、
彼女は、息子さんが車で会社に行くというのをとめました。
お母さんの心配を息子さんは笑いました。
いつも車で通勤してるんだし、車の運転には自信がありました。
そして、お母さんのとめるのを振り切って、いつも通り車で出勤して行きました。
飲み会の会場へ行くとき、人から、車は置いていったら、と言われたそうです。
このときも、息子さんは、だいじょうぶだから、と振り切りました。
帰る時、飲んじゃったんだから、帰りは電車にしなさいよ、と、誰かから言われましたが、このときも、また、振り切りました。
そのくらい運転には自信があったのです。
が、みんなが心配した通りのことが、帰りの夜の交差点で起こりました。
バイクをはねてしまったのです。
飲酒運転・・言い訳は不可能でした。
決まりかけていた婚約も白紙に戻され、息子さんは今もひとり身で、被害者につぐない続けています。
事故を起こしたあとも勤め続けていた会社は、経営者が代わり、倒産しました。
このあとは・・・もう、・・・あまりに気の毒で書けません・・・
大切な忠告は、いつもばかにしている人の口から出てくることが多いということの実例です。



# by friendlyclover613 | 2020-11-23 03:47 | 占いのこと | Comments(0)

助け合い

高齢者の買い物を代行した人に、市から500円、というのが、岐阜市で実施されているとか。
例によって、 msn の記事である。
いいことだ。
買い物だけでなく、ごみ出しとかも、対象になればいいのになあ、と思う。
私の親せきの高齢者は一戸建てに住んでいる。
子どもが帰ってきたらいっしょに住むつもりで買った家だけど、子どもは、おそらく、もう、米子には帰らないだろう。
よその家のことだから、くわしくは知らないけど。
昔から親しくしている近所の人に、時々ようすを見てくださいと、子どもが頼んでいるけど、頼まれた人自身、高齢になって、よそのことまで面倒見きれなくなってきたという。
昔なら、おじいさんの代から助け合ってきた仲だからと、若い人どうしも助け合って、おじいさんの様子見だけでなく、買い物や家事もしてくれただろう。
親せきでなくても、そばに住み、何代もかけて信頼関係を築いてきた時代には、私の親も、
あそこのおじいさんには昔世話になったから、とか、何町のおばあさんには、あのとき助けてもらったから、と、血のつながってない人でも、困ったときにはかけつけて、できることはお手伝いしていた。
しかし、今は、もう、そんな時代ではない。
今の時代に合った、世代間の助け合いの方法を考えなければならない。
近所の高齢者の家事を代行して、それに見合った代金を、市からもらえれば、みんな喜んで、お世話するであろう。
あるいは、1回に1個スタンプをもらって、それが100個たまったら、自分の子どもが、公営の保育所に、優先的にはいれるとかいうようなメリットをつければ、頼まれなくても、みんな、喜んで、高齢者のお手伝いをするだろう。
新しい時代には、新しい時代なりのやりかたを考えるしかないと思う。


コロナのせいで、あっちもこっちも、電話連絡ができない。
電話なら10分もあればすむ話が、メールだと何日もかかる。
もうたまらんよ。


# by friendlyclover613 | 2020-11-22 23:26 | シニア | Comments(0)

野菜サラダ

昔のアルバムを見ていて、いろんなこと思い出した。
京都の河原町でみんなと撮った写真は、背景に春陽堂が写ってる。
確か、ここだった、焼きそばサラダがおいしかったのは。
やたらおなかがすいた学生のころ、よくここでごはんを食べた、時にはひとりで、時にはみんなで、ときには、仲のよい友達と2人、3人で・・。
あのころ、カップヌードルばかり食べてたひとり暮らしの学生が失明したというニュースが流れて、私たち、必死で野菜を食べた。
大皿の野菜サラダを注文して、3人で分けて食べたこともよくあったなー。
そんなことを思いだしながら、最近の、この近辺のレストランやラーメン屋のメニューと比べてみると、そう言えば、野菜サラダというメニューがあまりないなあ、と思う。
うちのそばに大学があるんだけど、近辺のレストランで、やきそばやラーメンを、サラダなしで食べている若い人を見ると、他人事ながら心配になる。
大きな視点で見れば他人事じゃないよ、未来を担う若い人の健康は、私たちにとっても決して他人事ではない大問題だと思う。
マヨネーズがどさっとついた、レタスやきゅうりやトマトのサラダを、やきそばの上にのっけて食べるとおいしいよって教えてあげたい。
お店のほうも、野菜サラダを出してあげてほしい。
と言っても、男の子とかは、サラダを出しても残すことも多い。
私たちと同世代の男の子は、どうだったかしらん・・そう言えば、みんな、積極的に野菜を食べてたような気がするし、私のまわりには料理のじょうずな男性も多かった。
世代のちがいの問題ではないんだろうけど。
若い人の健康には、もっと、まわりが気をつけてあげないとなあ、と思うのは私だけだろうか。


訪問先の近くのスーパーで買い物をすることになった。
近くに大学があるので、若いお客さんが大半だ。
私は、どこのスーパーの食品売り場でも、独身の人や学生さんは、ちゃんと野菜をとってるのかしら、と、ちょっと気になってしまう。
あの人の息子さんは、ちゃんと食べてるのかしら、とか、あそこのお嬢さんは外食ばかりだと言ってたけどだいじょうぶかしら、とか、他人の私が心配してもしょうがないんだけど、そんなことを考えながら、すれちがう若い人たちのかごの中をそれとなく見てしまう。
昔は、毎日3食カップヌードルという生活を続けていた学生が失明したというニュースもあったが、さすがに、近頃はそんなことも聞かないけど、それでも、ひとり暮らしにとってインスタント食品は、過剰になりがちなようだ。
そのときも、そうしてみてたんだけど、ここの若いお客様がほかとちがうことに気づいた。
学生さんふうの若い人のかごに、インスタントラーメンやカップヌードルが多いのは、どこも同じなんだけど、ここの若いお客様のかごには、乾燥ねぎや冷凍野菜がはいっている。
その学校は、こういうことを特に意識して指導してるのかしら、とか思ったのだけど、その理由が、冷凍野菜の売り場に行ってわかった。
冷凍野菜の売り場のすぐ近くに、インスタント食品の売り場があるのである。
インスタントラーメンの隣に、乾燥ネギも売っている。
学生さんたちが野菜を買わないのは、包丁とまないたを用意するのが面倒だからなのだ。
だから、封を切って、お湯をかけてすぐに食べられる野菜なら買うのである。
冷凍の枝豆は解凍してすぐ食べられるし、ねぎも細かくきざんで売ってある。
ひとり暮らしの人たちの栄養のことを考えての売り場の配置なのかどうかは知らないけど、インスタントラーメンを買う人は、こうすれば、野菜も買って食べるのだ。
どこのスーパーでもこうしてほしいなあ。
未来を担う若い人たちの健康は、私にとっても他人事とは思えないのである。



# by friendlyclover613 | 2020-11-22 10:01 | 食べること | Comments(0)
鳥取県米子市の米子弁は方言の女王様。世界の流行語にしたい