カテゴリ:島根県( 7 )

親近感

先日、某講習会で、隣になった人と雑談をしているうちに、郷里の話になりました。
郷里が米子だと言ったら、あら、私は松江に小学校のときに3年くらいいたんだけど、とてもいいところでしたよ、と言われました。
それで、ぐっと、その人と距離が縮まって、すこし深いようなお話もできて、よかったです。
若い時には、同郷だからってそれがなんなの、くらいに思ってたんですけど、ちかごろは、そうでもないですね。
米子だけでなく、米子近辺のことをほめられれば素直にうれしいです。
郷里が近いことで親近感がわいて、それがきっかけで友達になるというのも悪くないな、と、思うようになりました。
米子には、東京にも大阪にもないよさが、たくさんあります。
私は、日本全国とまではいかないけど、ほんとうに、転校や引っ越しの多い人生でした。
いろいろなところへ行ってみて、米子はやはりいいところだなあ、と思うんです。
人間ですから、けんかもしないわけではないけれど、米子人は陽性でさっぱりしてます。
同じ日本の中には、転校生を徹底的にいじめるようなところもありますからね。
米子の人は、そういう極端なことはしません。
「どげなことがあったててな、死んじまえ、なんて、絶対人に言ったらいけんじぇ、にんげとして言ってえこととわりことがああだけん。
(どんなことがあっても、死んでしまえ、なんて、絶対に、人に言ったらいけないよ、人間として言っていいことと悪いことがあるんだからね。)」と、
米子の人は、今の時代にも、子どもたちにしつけています。
お茶を飲むときも、お抹茶のおともに、洋菓子や駄菓子もとりまぜて、エプロン姿やジーンズで、などというようなところは、松江などの人から見るとザツなのかもしれませんが、逆に言えば、それほどまでに、お茶の文化が日常に浸透しているということです。
米子の人間にとって、誇りに思う価値のあることだと思います。


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by friendlyclover613 | 2017-12-02 05:11 | 島根県 | Comments(0)

松江

お盆で、ふだんは会わない人とも会ったりする機会が多く、松江や米子のことについて聞かれることも多いです。
この記事は、以前出した記事に、みなさまへのご質問への答えも加筆して、
松江のことについて、私が知っていることを書いてみます。
私も、松江をよく知っているというほどでもありませんが、少しでもみなさまのお役に立てればうれしいです。

松江は、米子とちがって、お殿様がしっかり君臨していたところですから、
米子と比べると、言いにくいけど、よそものにはちょっと冷たいかな、というのは、正直言って否めません。
日本人の一般人のヨソモノには冷たいけれど、小泉八雲さんのような欧米系の外国人、同じ日本人でも、大学の先生、お医者様、芸術家などのヨソモノには、とても親切です。
これだけ聞くと、いじわるな人の多そうな町に思えますか?・・・
でも、県庁所在地で、人口が多いですから、いろんな人がいるんですよ。
すごくいい人も、やさしい人も、親切な人も、人なつこい人も、意地悪な人も、へんな人もいます。

ミッションスクールもあるし、小泉八雲が暮らしたりしたところですから、外国人には慣れている土地です。
外国人といってもいろいろありますが、松江を気に入るのは、欧米系の知的レベルの高い人が多いようです。
そのような外国人との交流によって、考え方が洗練された、教養のある人も、数は少ないでしょうが、いるんですよ。
こんないなかに、こんな洗練された考え方のできる人がいるのか、というような、懐の深い教養人がいます。
中村元という哲学の先生も、故郷の松江をすごく愛しておられたそうです。
キリスト教や仏教など宗教的な信念から「来るもの拒まず」的な生きかたをしている人も、理想家肌のヒューマニストも、少数派でしょうが、います。
いなかだからレベルが東京より低い、なんていわせないような実力者も、各分野にいます。
芸術のレベルも高いです。
ハイレベルなコンサートもあるし、音楽家や画家もたくさん輩出しています。
「ギャートルズ」の作者の園山しゅんじさんも、俳優の芦田伸介さんも、松江出身です。

小泉八雲先生の奥様は、松江の女性の典型的なタイプでしょう。
芯はしっかりしていて、内心誇りを高く持っていても、行動は女性らしくお淑やかで控えめです。
人の悪口とか、嫌いだ、とかいうようなことを大声で言うような下品なことは、松江の上流の女性はしません。
どうしても言いたいときは、たったひと言、そっと刺す様にちくりとです。

新編「日本の面影Ⅱ」(角川ソフィア文庫)では、
日本女性の鏡のような慎ましさと繊細さがあふれる知性豊かな文章に、セツ夫人のおひとがらがしのばれます。
あれだけの量の中に、たったひと言です。
松江の女性の中でも教養のある人の感じ方や生きかたを、私は知っていますが、おそらく、
セツ夫人も、きっと、あのたったひとことを言わず(書かず)にはいられないくらいお嫌だったのでしょう。
少しくらいいやなことなら、いちいち口には出さないのです。
夫は好きでも私は別です、という気持ちを、あのように、たったひとことで表現なさったのです。
昔の女性の言葉表現は、なんて奥ゆかしくつつましいのでしょう。
日本女性の鏡というだけでなく、松江の教養人の鏡ともいうべきかたです。

今、松江では、松江クラシックスという、地方創生のイベントが、毎年行われるようになりました。
昔から音楽のさかんな町であった松江の音楽的、芸術的資産の価値に
世界的なバイオリニストのかたが気づいてくださって、
世界的な音楽家の方々と、地元の音楽の実力者の方々とが協力して、松江の音楽をさらに発展させていこうということになりました。
古きよき日本がまだまだ健在の松江には、そのよさの裏の面として、新しい時代にはそぐわないものも多々ありますが、西洋の人々が憧れるジャポニズムの豊かなところであることは確かです。
西洋の男性が憧れる日本女性というのは、私の知る限り、今の時代にあってなお、外見は古風でなくても、内面には、まさに、小泉八雲夫人のようなところのある人なのです。

庶民的な米子に比べて、松江は、冗談が通じない、おおらかさを欠くところはあるかもしれません。
松江は、よく言えば、律儀、慎重、まじめ、シリアス、悪く言えば陰湿、
米子は、よく言えば、ざっくばらん、ほがらか、気取らない、悪く言えば、ちょっとザツ・・・でも、デリカシーがないということではありませんよ。
細かいことは気にしないけど、人の気持ちにはよく気がつくのが、米子人のいいところです。

最初に意地悪な人に出会ってしまうと、もう、松江なんて嫌いだ、と思ってしまうかもしれませんが、それはもったいないことです。
いろんな人がいるのだから、意地悪な人にはさっさと見限りをつけて、自分に合った仲間をさがしてみましょう。
あなたが、よほどめちゃくちゃな人間でないかぎり、きっと、いごこちのいい居場所と楽しい仲間に出会えると思います。
懐の深い教養人や実力者の先生などから学ぶことも多いでしょう。
中村元先生が言われるような、「もの静かで奥行きがある人間」、職人肌の、愛想は悪くても尊敬されている人、松江には、いい人が、ほんとにいっぱいいるんですよ。
京都人同様、松江の人は、用心深くて、とっつきは悪いですが、1度親しくなったら、ほんとうに誠実です。
ただ、グリーンに染めた髪とか、背中が上半分しかないカーディガンとかいうようなものには、問答無用で拒絶反応をする土地柄ですから、そのようなことには気をつけたほうがいいでしょう。
今は、わりとそうでもなくなったような話も聞きますが、私が松江で暮らしていたころは、髪をグリーンに染めてる人は同じ人間と思ってもらえないような感じでしたよ。
東京では、誰もが気にしない、背中の下半分がないカーディガンとか、すその長さが後ろと前とでちがうスカートとかを着て松江に帰省したら、
お母さんが命がけで、松江では絶対にこれを着て歩いてはいけない、と、止めたんだとか。
米子なら、誰も、偏見持ったりしませんけどね。

最後に、このブログの読者だけに、まる秘情報を。
あんまり大きな声では言えませんがね・・・同じ松江市でも、いじわるな人やへんな人の多い地域と、
親切な人がたくさん住んでいる地域とがあります。
これ以上、個有名詞までは出せませんが。



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by friendlyclover613 | 2017-08-13 18:15 | 島根県 | Comments(0)

電話をとりつがないお姑さん

関東から1歩も外に出たことがない人が、松江の友達の義実家に電話したら、取り次いでもらえなかったんだって。
なんで、って聞かれて、いっしょに考えてみました。

電話をかけたA子さんは、関東の外に、旅行はしたことがあるけど、関東外に住んだことは1度もない人です。
A子さんが電話をかけたB子さんは、松江出身。
職場で、ちょっとした友達になったんですけど、B子さんは、うちうちの事情がいろいろあって、
東京での仕事をやめて、松江に帰りました。
それで、B子さん、今どうしてるのかな、と、ちょっとお話したくって、松江のB子さんに電話したわけ。

電話がつながったら、B子さんの義理のお母さんが出ました。
普通にこちらの名前を名乗って、B子さんを呼んでくださいって言ったんだけど、
何のご用件ですか、と、聞かれます。
こんなこと聞かれたの初めてでした。
何のご用件、と言われても、ちょっとお話したいとは、いいづらいものね、関東ではありえないことだけに、すぐに返事できないでいると、さんざん根ほり葉ほり聞かれたあげく、とうとう、電話はとりついでもらえませんでした。
関東育ちのA子さんにとっては、え?!って体験だけど、京都や松江でお姑さんと暮らすお嫁さんの生活は、たいていこんなものです。
全部ではないけどね。

A子さんは、関東の感覚で見る限り、礼儀正しいほうだと思います。
きっと、失礼な言い方はしなかったと思います。
が、B子さんのお義母さんには、受け入れてもらえませんでした。

どうしたら、とりついでもらえるんだろう、って、聞かれたんだけど・・・うーん、これはね・・・理屈じゃないのよ。
松江って、京都と似たようなところあります。
結局、早い話が、京都や松江に嫁いだ人に電話して、電話をとったおばあさんに、
「ご用件は何ですか。」と聞かれたら、それはつまり、うちでは嫁に電話はとりつがないことになってます、ということなんです。
表向きは、用件によっては取り次いでやる、という感じで、それを言葉通りに受け取って、こんな用事なんですけど、なんて言うと、もっと用件をいただけませんと取り次げません、と言われます。
それを言葉通りにとってバカ正直に説明すると、もっと、もっとと、さんざん問いただされた挙句、今いそがしいから、どんなご用件かをもっといただけませんと、取り次げません、と言われます。

私の知る限りでは、おじいさんなら、たとえば、「同窓会のことで連絡したいんですけど。」とか、ある程度の説明をすればとりついでくれます。

たとえば、私も、京都の友達に電話をかけるんだけど、こころよくとりついでもらえるのは、本人だけでなく、おとうさんともおかあさんとも、ご主人とも、親しいからなんです。
男のかたの場合は、奥さんともお母さんとも親しいからです。
私の家族と、友達の家族と、家族ぐるみのつきあいだから、電話も、何にも問いただされず、気持ちよくとりついでくれます。
ここまでくるには、手順を踏んでいます。
まず、学校などで出会って、友達になって、親しくなったら、家に招いてくれます。
そこで、おとうさんもおかあさんも、きょうだいも、ぞろぞろ出てくるんで、関東で生まれ育った人はびっくりするんだけど、それを拒否するならば、おそらく、電話もとりついでもらえるようにはならないし、長いつきあいはできないです。
つきあいは個人的なもの、とみんなが考えている東京とは、人づきあいのありようがまったくちがうのです。
干渉されてるとしか思えない人は、根本的に京都人とは合わないということなので、家に招いてくれたその友達本人とも合わないことが、おそかれ早かれわかるでしょう。
私の場合は、自分が海のものとも山のものともわからなかった若い時代を京都ですごしました。
ご家族に紹介されて、たとえば、私が悩みがあるときには、友達だけでなく、お母さんもいっしょに悩みを聞いてくれました。
今の悩みだったら、とてもじゃないけど、友達のお母さんにまで話せませんが、あのころの悩みというのは、
アルバイトで先輩とうまくいかないとか、合唱団で実力的についていかれないとかいうようなことでしたから、自分の親とは職業も生活環境もちがう、友達の親に、いろいろなアドバイスをしてもらったことは、
のちのち、私の人生にプラスになりました。
干渉されているとか、うっとうしいとか思える人の気持ちもわからないではありませんが、いい面もあります。
たとえば、京都まで用事で行ったときに、旧友を訪ねてみようか、とおもいついて、約束せずに行ってみたら、本人がるすのこともあります。
東京とかだと、こんなとき、応対した家族は、私の友達じゃないから、というのが頭にあります。
京都の家族ぐるみの友達だと、娘の友達だから、と、お茶を出して、話の相手もしてくれるんです。
あの子は今、実は・・なんて話も出たりします。
で、しばらく待たせてくれて、待ってても友達が帰ってこなかったら、せっかく遠くから来てくれたのに、うちの子がるすでごめんなさいね、なんて、おみやげまでくれます。
だから、京都の人って、決していやらしいけちじゃないんですよ。

逆に言うと、私は、京都に電話するときは、そういう家族ぐるみのおつきあいの友達にしかかけないし、家にも訪ねて行かないのです。
ご家族と親しくなれなかった人には電話しません。
いやな思いをしなければならないことも、とりついでもらえないことも、最初からわかっているから。
彼女のことは好きだけど、彼女のおとうさんやおかあさんにまで悩みをうちあけたくないわ、という場合には、電話はあきらめています・・・私はね。
こちらがそう思うほどは、むこうも、私のことを好きではないから、気持ちよく電話をとりついでくれないのだと思います。

ほんとうにご両親とかと気が合って仲よくなると、困ったときとかは、家族ぐるみで、ほんとに親身になって、助けてくれるのよ、応援団!て感じで。
その友達とけんかしたときも、2人だけのつきあいなら絶交になってしまうようなときでも、心を打ち明け合えるような友達って、なかなかできないものよ、などと、友達の家族がとりなしてくれたりします。
友達ひとりだけでなく、おとうさんやおかあさんもきょうだいも力を貸してくれる、となると、ほんとに心強いんです。
私が学校を卒業して仕事を探したときは、大不況でした。
泊めてくれて話を聞いてくれて、おとうさんやおかあさんが仕事を紹介してくれて、というのがすごくささえになりました。
私と同年代の友達ひとりの力ではできなかったことです。

おそらく、松江も似たようなものなんじゃないかしら。
松江の人の全部がそうじゃないけど、B子さんのところみたいな家は、例外じゃないです。
関東の人の想像を絶するようなことがいっぱいあります。
関東の人というか、松江から車で1時間ほどの米子で生まれ育った私でさえ、えー?!とさけんじゃうようなこと、松江にはいーっぱいあります。

話をもとにもどしますと、どうしたら電話をとりついでもらえるの、という質問の答えは、家族ぐるみのおつきあいをしなさい、ということになります。
A子さんも松江まで来て、B子さんと同居している義理のご両親や、同じ敷地に住んでいる義理のお姉さんご夫婦などにも紹介してもらって、個人情報を開示することでしょう、
「なんで、こんなことまで聞かれなきゃいけないのよ、関東ならこんなことまで聞かれないのに。」と思うようなこともがまんして。
それでも、電話を取り次いでやってもいい、というところまで気に入ってもらえるかどうかは、保証の限りではありません。
単に、電話を取り次がないのは、お姑さんの、お嫁さんへの意地悪というケースも多いです、
松江でも、京都でも。

意地悪というわけでもないんでしょうけど、たとえば、何のご用件ですか、と聞かれて、お嫁さんに相談に乗っていただきたいことがあるんですけど、なんて、言ったひとがいたそうです。
よほど思いつめて、友達の助けを求めていたのでしょう。
そのとき、お姑さんが、嫁は今忙しいから、私が相談に乗ってあげますよ、なんて言ったそうです。
これも、ちょっと普通では考えられないようなことだけど、結局、それを拒否してしまったので、そのお姑さんをすごく怒らせてしまって、そのお嫁さんである友達とは連絡不能になりました。
連絡不能になったというのは、郵便物も、お嫁さんに届く前に、お姑さんが捨ててしまったんだそうです。
ごみの中から郵便物が出て来たとお嫁さんから連絡があって、すごくショックだったそうです。
携帯電話やスマホ以前の時代の話です。
このときに、彼女がお姑さんに、こころをひらいて、こみいった悩みを打ち明けていれば、もしかしたら、案外、親友がひとりふえたかもしれません。

こういうところに、友達がお嫁に行ってしまったら・・・・
その友達とは、そういうところにお嫁に行ってしまった時点で、つきあえなくなる運命だったんだ、と思ったほうがいいかもしれません。
どうしても連絡したいときは、私は、その彼女の近くに住んでいるほかの友達に伝えてもらうとか、だんなさんが電話に出たときに、気持ちも用事もつたえてもらうとか、していました、メールも携帯もなかった時代にはね。
男の人のほうがやさしいんですよ、こういうことは。

これが、たとえば、東京だとね、私が東京に下宿していたころ、しつこく勧誘してくる友達がいたんです。
大家さんに事情を話して、あの人からの電話は取り次がないでください、って言ったら、
「電話を取り次いでくれない、なんて言われると私(大家さん)が困るから、電話には一応出て、自分で断ってください。」と言われました。
かなりおおざっぱに言えば、こういうのが、関東の人間の発想だと思います。
人にもよるでしょうけど。

千葉の例なんですけど、知り合いのサークルに、母ひとり子ひとりで暮らしている男性がいます。
80代のそのお母さんは、息子の嫁さん候補をみんな追い払っているのですが、電話は、しぶしぶながらでも取り次いでくれるそうです。
取り次ぐ代わりに、携帯やスマホを持つことは許さない、ということらしいですが。

知り合いは、京都の人に、仕事上のことで電話するのですが、お姑さんが電話をとると、絶対に取り次いでくれないのだそうです。
ご主人とか、お舅さんなどが出たら、取り次いでくれるんだそうです。
あんなお姑さんと同居してる彼女の苦労が思いやられるわ、と、みんな言っています。
そういうケースもあるのです。
関東とは、生活感覚も、人間関係のありようも、ちがうのです。
どちらが正しいとか正しくないとかいうような問題ではなく、それがいやならおやめ、ということです。

そういうわけで、私も、京都や松江に住んでる友達の何人かには、電話することはあきらめてるので、それ以上、どうしたらいいかわからないです。
もっといい方法があったら、どうか教えてください。
京都と松江といっしょくたにして書いてしまいましたが、ちがうかもしれません。

では、お嫁さんは、電話をA子さんにかけかえさないの、というのが、A子さんの次の疑問です。
関東にしか住んだことのない人にとっては、当然の疑問です。

理由は、いくつか考えられます。
B子さんに聞いたわけじゃないから、憶測なんだけど。
B子さん同様に松江にお嫁に行った人にも、同窓会の幹事をやった人にも聞いてみました。


1.
お姑さんが、B子さんに、電話があったことを伝えなかった。
意地悪だったのかもしれないし、忘れていたのかもしれません。


2.
お姑さんがA子さんを問い詰めているのを、B子さんがそばで聞いていた可能性もあります。
関東では考えられないようなことですが、松江では、時々、そういうこともあるんだそうです。
そういう場合、電話をお嫁さんがかけ返してこないのは、おそらく、電話が、お姑さんに聞こえるようなところにあるのかもしれません。

携帯を使えばいい、とかんたんに考えるのは、関東の核家族の人の発想です。
家の中で携帯を使っていたら、お姑さんに聞こえるのかもしれません。
私が今住んでいる町では、よく、商店街などのものかげで女性が携帯で話しているのを見かけますが、いなかでは、ああいうことはできないのです。
近所の人やお姑さんの友達などに、そんな姿を見られたらたいへんなことになります。
関東の匿名社会とはちがうのです。


3.
同窓会の幹事をやっていた人が言っていたのですが、同窓会の用事だと言っても、男性だからということで、問答無用で、お嫁さんに電話をとりついでくれないお姑さんも、時々、いるそうです。
そういう場合、お嫁さんが電話をとることはめったになくて、
お姑さんが電話番していることが多いのだそうです。

そのようなところにお嫁に行った人への連絡は、今でこそスマホやメールがありますが、それ以前の時代はどうしてたかというと、その幹事さんの場合は、ご主人あてに連絡していたそうです。
どうしても電話でなければいけないようなときは、ご主人を呼んでもらうか、それができなければ、電話にでたお姑さんに、つぶさに用事を話して、嫁に聞いておきます、と、そして、お嫁さんの返事を、また、お姑さんから聞くという手順を踏まなければならなかったそうです。

年代は関係あります。
私が知っている中では、お嫁さんに電話をとりつぐことを拒否する60代(戦後生まれ)のお姑さんは、少ないです。
近頃は、お嫁さんのだんなさんのお母さんだけでなく、おばあさんがいる家庭も多いので、おそらく、電話をとりついでくれないとかいうのは、お姑さんではなく、ご主人のおばあさんなのではないか、と思えるような話もあります。


京都じゅう、松江じゅうのすべてのお姑さんが、お嫁さんへの電話を、こころよくとりつがないわけではないけれど、関東では考えられないようなことは、たくさんあります。
何かが根本的にちがうんでしょうね。



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by friendlyclover613 | 2017-07-11 13:54 | 島根県 | Comments(0)

絶唱

舟木一夫さんの「絶唱」の舞台が松江だなんて、実は、最近初めて知りました。

舟木一夫さんと言えば、私たちより1世代上の人たちのアイドルです。
小学校の時、おにいさんやおねえさんがたくさんいる友達がいて、その友達の家に遊びに行くと、
「美しい十代」という雑誌が毎月あって、私は、おねえちゃんがあれ買ったよ、と聞くと、すぐさま遊びに行って見せてもらったものです。
舟木さんのレコードもたくさんありました。
しかし、あの絶唱の原作の舞台が松江とは、驚きでした。



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by friendlyclover613 | 2017-06-24 00:55 | 島根県 | Comments(0)

ヘルン旧居

(お客さん)
松江のハーンの旧居は、ここからどうやって行けばいいんですか?。

(さねしげさん)
え、ハーン?なんだ、そーは
え、ハーン?、何、それ

(お客さん)
ハーン

(さねしげさん)
・・・知らんじぇ、さーもん
知らないねえ、そんなものは

(お客さん)
ラフカディオ・ハーンですよ
小泉八雲

(さねしげさん)
ああ、ヘルン旧居
うっちゃちゃヘルンいうだけん

ああ、ヘルン旧居
わたしたち(米子の住人)は「ヘルン」って言っているから




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by friendlyclover613 | 2015-10-29 16:59 | 島根県 | Comments(0)

城安寺

あんたも、あしたは、さねしげくんげのおじさんに連れていってまーなーだかや?
あんたも、あしたは、さねしげくんのおとうさんに遊びに連れて行ってもらうの?

うん、広瀬ってとこに行くんだって
そいで、城安寺ってところに行くんだって
ジョーちゃんが、日本のお寺が見たいっていうから

ほーん、ええなあ、
ふうん、いいわねえ

まーえから予約しとってだったけんな
(城安寺に)だいぶ前(といっても、今年の3月くらい)に予約してらっしゃったからね
あそこは、見たいいって、すぐには、見られんだけんな
あそこは、見たいときに、すぐに(お庭や古絵などを)見ることができるわけじゃないからね

城安寺ってね、毛利軍が、尼子を攻めていくとき、休んだところなんだって
ジョーちゃんに見せてあげるんだって
広瀬のお城の跡も見に行くんだって

あんた、ええ子して、ついていきないよ
あんた、いい子して(迷惑かけないで、おとなしくして)、ついて行きなさいよ


海のある米子で育った私は、海のないところは息苦しいと思っていました。
が、最近、内陸の町のよさもわかるようになりました。
米子のまわりには、海のない町がたくさんあります。
そんなところの、山と森と畑の景色もいいものですよ。
米子まで来たら、周辺の内陸の郡部の町や村を見て歩くのもおすすめです。



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by friendlyclover613 | 2015-07-17 14:08 | 島根県 | Comments(2)

安来の言葉

ゲゲゲの女房、つまり水木しげるさんの奥さんのふるさとは、米子の近くの安来というところです。
ほんとに隣どうしの町なのに、米子弁と安来弁とでは、だいぶちがうので、おふたりがであったとき、言葉が通じたんだろうかと思ってしまいます。

きょうは、安来弁をちょっと紹介します。

私が、初めて、安来弁の人と話したのは、子どもどうしででした。

「わ↓あは、きのう、あそこをあるいちょったかや?。」ちょっと、記憶がはっきりしないのですが、印象に残ったのが
「わ↓あ」という2人称。

けんかしたら、「なんだ!わあは!」です。

米子弁では、「あ↓んた」です。

最初、さっぱり、意味がわかりませんでした。

米子弁では、「わ」というのは、「自分」という意味です。

これだけ言葉が通じなければ、お殿様も安心だったでしょう。


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by friendlyclover613 | 2014-05-19 00:11 | 島根県 | Comments(0)